昨晩、5日ぶりに、ハンハンのインスタ更新がありました♡
(そういうわけで 当ブログは6日ぶりの更新😅 こんなに間があいたのは初かも…
御無沙汰いたしました<(_ _)>)
それに加えて、昨晩は「YouTubeの朗読映像(グッドナイトスト-リー)」の更新もあり。
(さらには、張ママも 超久しぶりにブログ更新あり…)
急にいろいろなものが出てきて 驚いてますwww(;^ω^)
チャンジャーハン公式インスタで「新疆からの近況写真」第5弾公開!
ではでは さっそく! 昨晩22時過ぎに更新された ハンハンのインスタから。
以下、詳細デス。
チャンジャーハン公式インスタ9/20投稿 内容詳細

コメントは 絵文字だけ「🙌🏻🙌🏻🙌🏻」
これ 拍手の絵文字よね? 何かいいことあったのかな?(クランクアップとかww)
…という妄想はさておき、この投稿で公開された写真が全部で17枚!
うつくしい自然と、超~おちゃめなハンハン写真がどっさり登場しました (〃▽〃)ポッ

久しぶりのハンハン!!


↑ この「影」♡ めっちゃお茶目ですww

大きな穴! これ、新疆ウイグル自治区・パミール高原にある
「木吉火山口(ムジ火山口/木吉火山群)」みたい…(下で紹介しますねww)

奥に見える 荘厳な雪山♪ ほんとに素晴らしい大自然。
この光景を目の前で見てる ハンハンがすごいww

なんと。 このベール姿を見て 山河令の、あのシーンを思い出しちゃったわ…
(デジャブー感ありあり)

レフ版をもって 転がるハンハン (/ω\)wwww



この大自然を 馬で巡る… 素晴らしい映像が撮れたんじゃないかな…






ハンハンの乗馬姿は 本当に絵になりますネwww

そして最後のこれ! お茶目すぎるwww(/ω\)ww
以上 全17枚の投稿でした♡
新疆・パミール高原の「木吉火山口(ムジ火山口/木吉火山群)」とは?
で!今日の写真。 どこかな?と、Aiで調べてみたら…
かなりの高確率で、新疆ウイグル自治区・パミール高原の「木吉火山口(ムジ火山口/木吉火山群)とのこと。
決め手は、写真に写っているこの組み合わせ。
大きく口を開けた火山口のような穴
火山口の周囲を流れる川と高原湿地
背景に連なる鋭い雪山
植生が少なく、白っぽい地面が広がる標高の高い荒野
キルギス族の暮らす地域らしい乗馬風景
木吉火山口は、新疆南西部のクズルス・キルギス自治州アクト県・木吉郷にあり、標高は約3,800メートル。パミール高原にある火山群で、火山口と高原湿地、氷河湖、雪山が一緒に見られる場所として紹介されています。写真の陥没穴も、木吉火山口の景観とかなりよく一致します。
↑ 最近のAI って ほんとすごいですネww😅
(一応こういう回答が出たということで 本当に正解かどうかは ハンハンのみぞ知るww)
ちなみに YouTubeにたくさん映像あり。こんなところみたいですよ♪
ハンハンの次回作ドキュメンタリーで ハンハン入りで「こういう風景」が見れるかも!
かなりわくわく… ほんと 楽しみです(〃▽〃)ポッ
あと ハンハンの投稿写真の、最後のお茶目な写真。

ハンハンが食べてるのは 中央アジアでおなじみの、窯焼き(つぼ焼き)ナン みたい。
※大きな甕のような「窯の内側」にナンを貼り付けて焼き上げる食べ物で、できたてはかなり美味しいらしい。
大昔に一世を風靡した、NHKの「シルクロード」で これを見て あまりに美味しそうで食べたい~と思ったのを思い出したんだけど…どうやら それと同じものをハンハンが食べたみたいww
チャンジャーハン、朗読VTRの第5弾公開!「幸福のデザイン最終回」
そしてこちらも昨晩公開された 映像版「グッドナイトストーリー」。
第5弾、最終回がついに公開されました(〃▽〃)ポッ

ちなみに 史鉄生の『幸運のデザイン』を朗読しているハンハン。
過去4回分は、こちらで紹介しています。
①7/26投稿 チャンジャーハン、朗読VTR「幸福のデザイン①」公開(映像版「グッドナイトストーリー」)
②8/2投稿 チャンジャーハン公式Youtube発「グッドナイトストーリー幸福のデザイン②」動画&全文和訳
③8/23投稿 チャンジャーハン、朗読VTRの第3弾公開!「幸福のデザイン③」(全文和訳)
④8/30投稿 チャンジャーハン、朗読VTRの第4弾公開!「幸福のデザイン④」
(映像版グッドナイトストーリー全文和訳)
今回は④からの続き! ハンハンの映像と共に 和訳を紹介します(〃▽〃)ポッ
チャンジャーハン|晚睡故事「幸福のデザイン⑤」(最終回)
『幸運のデザイン』⑤ 最終回 作者:史鉄生(シー・ティエション)
しかし、それは可能なのでしょうか?
あなたは、
永遠の勝利者を見たことがありますか?
まあ、見たことがないからといって、
それが不可能だということにはなりません。
見たことのないものでも、
私たちは設計することができます。
たとえば、
あなたが永遠の勝利者だとしましょう。
では最終的に、
あなたは何に出会うのでしょうか?
死です。
そうです。
あなたは死に出会うことになります。
どうあっても、
あなたが死に出会わないようにすることも、
その存在を感じないようにすることも、
その脅威を意識しないようにすることも、
私たちにはできません。
では、あなたは死に対して、
どのような思いを抱くのでしょうか?
あなたは生涯ずっと追い求め、
勝ち続け、いつも幸福でした。
しかし、死が訪れたとき、
あなたは、自分がついに
何を手に入れたのだと思うのでしょうか?
あなたのすべての勝利は、
いったい何のためだったのでしょうか?
そのとき、あなたは落胆せず、
恐れず、苦しまずにいられるでしょうか?
あなたは、
これまで一度も
乗り越えられない障害にぶつかったことがなく、
取り除くことのできない苦痛を
経験したこともありません。
まるで神に甘やかされた子どものように、
失敗とは何かを知らず、
絶体絶命の状況に陥ったこともありません。
しかし、ついに死神がやって来ます。
死神はあなたに告げます。
今度ばかりは、
あなたもほかの人々と同じように
免れることはできない、と。
あなたのすべての優位性と特権
―すなわち、
あの「幸運の設計」の中で定められていたもの―は、
すでに剝奪されています。
あなたはただ頭を垂れて従い、
死神の処置に身を委ねるほかありません。
このとき、あなたはきっと、
最も苦しむ人になるでしょう。
あなたは、生涯不幸だった人よりも、
さらに苦しむことになります。
その人がすでに目にしてきたものを、
あなたは幸運だったために、
ずっと目にする機会がなかったからです。
運命は最後に、
あなたとすべての勘定を精算します。
運命の帳簿は、
常に収支が釣り合うようになっているのです。
運命は、
逃れることのできない窮地によって、
あなたのすべての勝利を帳消しにします。
そして、疑う余地のない判決によって、
あなたのあらゆる幸運に報復します。
結局、運命は
あなたを幸福にしなかったばかりか、
それまで幸いにも
一度も出会わずに済んでいた「絶望」を、
あなたに与えるのです。
絶望―死が訪れたとき、
その絶望はあまりにも紛れもない現実です。
あなたにはもはや、
それにどう対処すればよいのかを考える機会すらありません。
どうすればよいのでしょうか?
あなたはどうしますか?
私たちは
どうすればよいのでしょうか?
あなたは、物事はそうはならない、
と言います。
あなたの勝利は、
依然として勝利であり、
後世の人々に幸福をもたらす。
あなたの追求は決して無駄ではなく、
後世の人々のために道を切り開く。
そして、それこそがあなたの幸福なのだから、
あなたは落胆することも、
苦しむこともなく、
死ぬまでそのことを幸福に思い続けるのだ、と。
それは実にすばらしいことです。
真に幸運な人なら、
このような度量と、
これほど高尚な精神を備えているべきでしょう。
私たちが今、自分自身のためだけに
幸運を設計しているのだということは、
ひとまず忘れることにしましょう。
あるいは、すべての人が
同じ幸運を享受できるのだと、
ひとまず信じることにしましょう。
幸運な人は、
このようにして初めて、
最後まで自分の幸運を守り、
最終的に
平安と幸福を享受することができるのです。
しかし、しかし!
たとえ私たちが、
あなたの不誠実さに気づかなかったとしても、
あなたのように聡明で高尚な人なら、
自分が後世の人々のために、
いったいどこへ向かう道を切り開いているのかくらいは、
当然わかっているはずでしょう。
どこまで道を切り開けば、
成功したことになるのでしょうか?
すべての人が幸福になり、
苦痛がすべてなくなる場所まででしょうか?
だとすれば、
人々は再び
退屈に直面することになるのではないでしょうか?
死を迎えるとき、
彼らはあなたのように
「後世の人々のために道を切り開いた」ことを誇りに思い、
高尚な気持ちになり、
心安らかでいることは、
もはやできないのではないでしょうか?
もし最終的に、
すべての人を幸福にし、
すべての苦痛をなくすことができないのなら、
あなたの高尚さは
一つの欺瞞になってしまうのではないでしょうか?
そして、
あなたの勝利は、
どうして阿Qの勝利(※)に勝ると言えるのでしょうか?
※「阿Qの勝利」とは、
魯迅の小説『阿Q正伝』に登場する主人公・阿Qの「精神的勝利法」のこと。
阿Qは、現実には負けたり、屈辱を受けたりしても、
「自分のほうが精神的には上だ」
「相手に勝たせてやっただけだ」
などと自分に言い聞かせ、負けを頭の中で勝利にすり替えます。
つまり、現実を直視せず、自己欺瞞によって「自分は勝った」と思い込むことです。
私たちは、二者択一の苦境に陥りました。
もしあなたが、
もう少し正直になれば、事態はさらに難しくなるかもしれません。
人類はいずれ滅亡します。
地球はいずれ滅びます。
宇宙は熱的死へと向かっています。
私たちのあらゆる知恵と才能、
奮闘と努力、幸運と成功には、
いったいどのような価値があるのでしょうか?
どのような意味があるのでしょうか?
私たちは、どこへ向かっているのでしょうか?
私たちは、どこへ歩んでいるのでしょうか?
私たちの目的は、どこにあるのでしょうか?
私たちの喜びは、どこにあるのでしょうか?
私たちの幸福は、どこにあるのでしょうか?
私たちの救済への道は、どこにあるのでしょうか?
私たちは本当に、
もう進むべき道を失い、
本当に絶体絶命の状況に陥ってしまったのでしょうか?
そうです。私たちはすでに絶境に入り込んでしまいました。
今となっては、
あなたはこのことに関心がないでは済まされません。
ごまかそうとしても、もうごまかしきれません。
あなたはかつて愚か者ではありませんでした。
そして今さら愚か者になろうとしても、もう手遅れです。
愚か者なら、
初めから私たちのこの設計には
関心を持たなかったでしょう。
ところが、あなたは
この「賊船」に乗ってしまいました。
そして、この賊船はすでに
絶境(逃げ道も解決の道も見えない、追い詰められた窮地)に入り込んでいます。
あなたには退く場所も、
逃げる場所もありません。
状況は、まさにこのとおりです。
今、私たちに残された
唯一の有利な点は、
死神がまだ到来していないということです。
私たちにはまだ、
絶境に対処する方法を考える時間があります。
もちろん、逃げるという方法ではありません。
そもそも、あなたは逃げることもできません。
ほかの方法が、まだ残されているかどうか――探してみましょう。
過程。
そうです、過程です。
残されたのは、過程だけです。
絶体絶命の状況に対処する方法として
残されたのは、それだけです。
信じられないのなら、
ゆっくり考えてみてください。
栄光であれ、偉大さであれ、
天才であれ、壮烈さであれ、
博識であれ、
これであれ、あれであれ、
どれも役には立ちません。
どれも絶体絶命の状況には
太刀打ちできません。
あなたが何よりも重視しているものが、
過程ではなく目的であるかぎり、
どのようにしても、
あなたは絶体絶命の状況に陥ることになります。
目的から過程へと目を向けないかぎり、
絶体絶命の状況から抜け出せるとは思わないことです。
残されたのは過程――ただそれだけです。
実際、あなたが唯一持っているものは、
過程なのです。
ただ過程をすばらしいものにしたいと願う人
――ただそれだけを願う人!――からは、
何も奪うことができません。
なぜなら、死神でさえ、
すばらしい過程を、
すばらしくない過程に変えることはできないからです。
また、不運でさえ、
あなたがすばらしい過程を創り出すことを
妨げることはできないからです。
それどころか、あなたは死さえも、
すばらしい過程に変えることができます。
それどころか、不運のほうが、
あなたがすばらしい過程を創り出すうえで、
いっそう役立つのです。
こうして、絶体絶命の状況は崩れ去ります。
必ず崩れ去るのです。
あなたは目的という面では
絶体絶命の状況に立たされながらも、
過程のすばらしさを実現し、
それを味わい、心ゆくまで堪能しています。
そうすることで、
あなたは「絶体絶命の状況」
そのものを、絶体絶命の状況へと追い込むのです。
夢があなたを酔わせるとき、
夢までの距離は喜びとなります。
追い求めることがあなたを満たすとき、
失敗も成功も、ともに伴奏となります。
生命が美という形で、
その価値を証明するとき、
幸福は享受するものであり、
苦痛もまた享受するものとなります。
今、あなたが「私は幸福な人間だ」と言うなら、
どれほど自信をもってそう言えることでしょう。
今、あなたがあらゆる神々や霊たちに、
「私に幸運を与えてくれて、ありがとう」
と言うなら、
それを否定できる者が、ほかにいるでしょうか。
過程!
そうです。生命の意味は、
あなたがこの過程の美しさとすばらしさを
創り出せることにあります。
生命の価値は、
この過程の美しさと悲壮さを、
穏やかに、
そして胸を高鳴らせながら
味わえることにあります。
しかし、目的の虚しさを見抜いて初めて、
あなたは
この美的な境地に入ることができます。
目的の絶望を見抜いて初めて、
この美による救いを見いだすことができます。
ですが、この虚しさと絶望は、
あなたを苦しませるのではないでしょうか?
そうです。
あなたがそのために苦しまないかぎり、
そして、その苦しみが十分に大きく、
消し去ることも揺るがすこともできないほど
大きなものにならないかぎり、
あなたは心から目的から過程へと目を向けることはできません。
目的への焦りから、
過程への関心へと移ることはできないのです。
このような苦しみがあなたとともにあり、
永遠にあなたとともにあって初めて、
あなたはいつまでも
人類の歩みと舞う姿を味わい、
生命の叫びと歌声をたたえることができます。
屈することのない心から誇りを得て、
苦難から幸福をくみ取り、
虚無の中から意味を創り出すことができるのです。
やがて死神と天使が
一緒にあなたを迎えに来るそのときまで、
あなたはまだ十分に楽しみ尽くしてはいません。
それでも、あなたはうろたえません。
過程に、どうして終わりがあり得るのか
――あなたはそれを知っているからです。
過程は、あらゆるところで続いています。
この世でも、天国でも、地獄でも、
過程はすべて、神が巧みに施した設計なのです。
しかし、
私たちの設計はどうなったのでしょうか?
私たちの設計は、成功したのでしょうか。
それとも、失敗したのでしょうか?
あなたを幸福にするために、
私たちがあなたに小さな苦痛だけでなく、
大きな苦痛まで与えなければならず、
一時的な苦痛だけでなく、
永遠に続く苦痛まで与えなければならないとしたら、
私たちはいったい、
あなたの何を助けたことになるのでしょうか?
もし、これが幸運だというのなら、
私――たとえば、私の名前を史鉄生といい、
この史鉄生という人間が、
わざわざこのような「幸運の設計」をする必要など、
いったいどこにあるのでしょうか?
もしかすると、
今の私は、まさに運命に愛された者なのでしょうか?
もしかすると、
私のあまりにも多くの心残りは、
実はちょうどよい加減に与えられた
心残りなのでしょうか?
神が私を生涯にわたる下半身不随にしたのは、
私の目を「目的から過程へ」と向けさせるためだったのでしょうか?
だから、いつか私はついに
『幸運の設計』という題の随筆を書くことになり、
そして、当然の成り行きとして、
自分の幸運という結論を
導き出すことになったのでしょうか?
どうもありがとう。どうもありがとう。
けれど、私は嫌です。
けれど、私は嫌なのです!
私は本当に、来世ではもう、
これほど多くの心残りがないことを願っています。
せめて今生では、よい夢を見られますように!
わかりました。
私はまた、もとの場所へ戻ってきてしまったのです。
再び、この文章の冒頭まで戻ってきてしまいました。
わかりました。
もし私がもう一度、初めから設計をやり直したとしても、
必ずやはり、このような結末にたどり着くのです。
わかりました。
私たちの設計は、
もうこのようなものにしかなり得ないのです。
私は、どうすればよいのかわからなくなりました。
ほかに何ができるのかも、わかりません。
神は私を愛している!
私たちの設計に残されたのは、
もうこのひと言だけです。
もしかすると、
初めから、このひと言しかなかったのかもしれません。


(終わり)
チャンジャーハンの朗読「幸福のデザイン」最終回を終えて…
今回 本当に ものすごく長くて ドビックリだったんですが😅
(始めたころは まさか 5回も連載が続くとは思いもせず…)
しかも、正直、かなり哲学的な話で、
途中で「頭まっしろ」になる場面も多々あり。
和訳したものの、全部読了される方がいらっしゃるのか?と、思いながらの最終回だったのだけど…(^▽^;)
よく考えると、まず この企画自体が「就寝前のグッドナイトストーリー」だから。
この話を聞きながら いつのまにか寝ちゃった👍
そんな感じでよいと思って始めた企画だと思うんですよね。
だから、読み聞かせの内容まで 詳しく理解する必要はないのかも?とも思ったり。
いろいろな妄想が 頭を駆け巡る企画でしたww
ハンハンの優しい声を聴きながら眠る。
でも 人生とは?と悩んでる人には、とても心に響く内容がふくまれてる。
(あれだけの事件を乗り越えたハンハンが、読書を通じて悟りのようなものを得た書物を読んでると思うので、これまで読んだどの企画にもそういう内容があると思う)
「神は私を愛している」。
この書物が言いたかった一番のことは
最後に出てきた これだった というのは…
こんなに長く書いてきて 正直「ええええっ」だったんだけど… (^-^;
タイトルは『幸福のデザイン』だけど、
幸福は思いどおりにデザインできない。
つまり、どんな設計案を作っても破綻する。
つまるところ、どうあがいても、
人生思いどおりの「幸運」を手に入れることではないから
苦痛も心残りもある人生を生きながら、
それでも「自分は愛されている」と信じること。
「神は私を愛している!」
私たちの設計に残されたのは、もうこのひと言だけです。
↑ あまりに奥が深くて ある意味 余韻が深い話でした…
(ハンハンが とても奥深い ということでもある)
ということで 以上 グッドナイトストーリー全和訳でした。
※昨晩更新された張ママブログも超長いので(^-^; 明日、和訳でご紹介しますネ。
ではでは今日はこのへんで。ここまでご覧くださりありがとうございましたww
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