すでに北京に帰還したハンハンなのだけどww
昨晩、公式インスタで「新疆で撮影した追加写真」と、子犬の話の投稿あり。
(アーカーの話なんだけど… 「ええええ、また?(;^ω^)」という話)
※さらには 今日もワンちゃん動画の更新あり。
加えて、和訳の完成が遅くなってしまったのだけど ママブログの最新版。
和訳してみたら、ハンハンの話が結構出てきてドビックリ…
(今回、リポストしてる海哲さんが多かったのは こういうわけか!と…(;^ω^)ww)
もろもろまとめて ご紹介します。
チャンジャーハン公式インスタで「新疆での写真+阿卡の困った話」公開
ではでは さっそく! まずは昨晩、22時20分ごろ公開された ハンハンのインスタから。
以下 詳細です。
チャンジャーハン公式インスタ9/22投稿 「アーカーの困った話」

投稿コメント和訳
阿卡(アーカー)が今日、あちこちでうんちをして、
そのうえ食べちゃって……。
僕が厳しく叱ったら、遠くに離れてしまって、呼んでも知らんぷりです。
※コメントが全部 ダックスフンドの子犬アーカーの話だったんだけど(;^ω^)
いちばん最後に 写真が出てきますww
ということで 以下 公開された全写真。

今日発売された EHZZの新作を着用ww









↑よんでも無視してるアーカー (一番手前)(;^ω^)
新疆での、美しい新作写真がいっぱいあったんだけどww
ハンハンのコメントのせいでww 最後の アーカーにしか目がいかない(;^ω^)
9月頭に開催された インスタ生ライブでも 「う〇こ」を食べちゃう話が出てたけど…
やっぱ まだ 食べちゃうのか~~ (;´д`)ひゃ~
これは どうしたものか… と いろいろ考えちゃったわ…( ̄∇ ̄;)大汗
チャンジャーハン公式インスタ9/23投稿「今日は3匹のトリミングに行ったんだけど…」
そして 今日15時40分ごろ更新された 公式インスタでは 動画が登場!(下はスクショです)


投稿コメント

「今日は初めてのトリミングがうまくいかず、
兄弟2匹のかわいさがちょっとダウン⬇️。
でも、トレーニングの成果ははっきり出ています!」
動画はハンハンのインスタで>> 投稿元リンク先はこちら
3匹同時に くるっと回る姿… めちゃくちゃ可愛かったww
あとは う〇こ さえ食べなくなれば 完璧👍👍👍
チャンジャーハンのママのブログ「生きていること、それが何よりの幸運」
そして、ここからは ハンハンママのブログ。
9/19に公開された内容です。
※前半に、ママとハンハンがブログのことで、もめた話が出てきます。
そのもめごとの中身というのが、
ママが書いた原稿のことだったんだけど…
「家庭教育」についてママが何か書いて
ハンハンに見せたら、ハンハン的に異議がある内容だったらしくて、
「もしママが それを公表したら、反論ブログを書く」っていわれたそうな…(ええええ!?でした)
で 結局 ママはそれを 公開するのをやめた話が出てくるんだけど…
何だか色々あるなぁというのと、
中盤から 813事件に関係するママの心情の話がメインになり。
それも なんだか胸を打つ話で…(´・ω・`)
今回のママブログ。 よかったら 是非読んでみてください。
張ママブログ9/19投稿「生きていること、それが何よりの幸運」―『与生命和解』を読んで 和訳

「生きていること、それが何よりの幸運」
―『与生命和解』を読んで
少し前、私は家庭教育についての随筆を書き終えました。
私の考えでは、
子どもに良い方向に働く家庭教育はすべて、
幼いころから意識して、
子どもの心に「畏敬の念」を育てることが土台になります。
長年、子どもを育てる中で見聞きし、
考え、感じてきたことをすべて文章にしました。
そして期待を胸に、
初稿を息子に送って読んでもらったのですが、
思いがけず、息子にきっぱりと否定されました。
息子は率直に、
もし私がこれを公に発表するなら、
自分は異なる見解を書いて応じ、
文章中の一部の意見に反論すると告げられました。
私が思うに、
息子が私の考えに同意しないのは、
三十数年の人生経験を経て
子ども時代を振り返り、
すでに大人としての視点から、
当時の私の厳しい教育の仕方を
改めて見つめ直しているからです。
二つの世代が、
年月を隔てて同じ過去を振り返っても、
立場が違えば、
感じ方が大きく異なるのは自然なことです。
私は、これが母と息子の、
文章による応酬に発展することを望みませんでしたし、
考えをぶつけ合う中で
親子の情をすり減らしたくもありませんでした。
何度も考えた末、
原稿をいったんしまい、
発表を断念するしかありませんでした。
原稿をしまってから、
心の中がふいに空っぽになったように感じました。
胸には数えきれないほどの思いがたまっているのに、
いざ机に向かうと、筆が進みません。
さまざまな感情が心の中を巡っているのですが、
書こうとすると考えがあちこちへ散ってしまい、
行き着く先が見つからず、
文章にまとめられないのです。
思いを打ち明けたくても、
どこから話せばよいのかわからず、
書こうとしても、一字一字が重く感じられます。
しばらく文章を書き続けたことで、
かえって心の中で思いを落ち着かせる時間が
足りなくなっていました。
まるで心の中で何かが つかえているようで、
移りゆく気持ちをうまく言葉にできませんでした。
そこで私は、慌ただしく書く手をひとまず止め、
親しい友人がわざわざ勧めてくれた一冊、
『与生命和解』を静かに読み終えることにしました。
人の一生とは、突き詰めれば、
世の中のさまざまなことと折り合いをつけ、
大小さまざまな後悔や心残りと共に生きることを、
学び続ける過程なのだと思います。
この広い世の中で、
自分のことを本当に理解してくれる人が、
いったい何人いるでしょうか。
また、自分に代わって執着から抜け出させ、
心のもつれを解いてくれる人がいるでしょうか。
どれほど思い悩んでも、
結局は自分自身で、
少しずつ気持ちに折り合いをつけるしかありません。
自分には天がひっくり返るほどの大事に思えても、
ほかの人にとっては、
取るに足らないことかもしれません。
自分を振り返ってみても、
世の中で毎日起きている悲劇や苦難に、
私たちはどれほど心を痛められるでしょうか。
その苦しみに、どれほど長く寄り添えるでしょうか。
他人にできるのは、結局のところ慰めることだけで、
その苦しみを代わりに引き受けることはできません。
だからこそ、自分自身で気持ちに折り合いをつけて初めて、
そこから抜け出せるのです。
そして、生きていてこそ春を見ることができます。
本に書かれているように
「専門家のことは専門家に任せ、
天が託したことは天に任せる」。
私たちにできる唯一のことは、
過去を悔やまず、未来のことにこだわらず、
今をしっかり生きることです。
それだけで、自分自身にも天地にも、
恥じることはありません。
以前の私は、各地を旅して四季の移ろいを見、
人との出会いや別れ、栄枯盛衰を目にしてきました。
だから、物事を達観できるようになり、
人生の中に残された空白も穏やかに受け入れ、
思いどおりにならないさまざまなことも、
笑って受け流せると思っていました。
けれども、『与生命和解』を心を落ち着けて読み終えて初めて、
一つのことが本当にわかりました。
人生で最も難しい「和解」とは、
外から降りかかる
苦難を受け入れることではなく、
執着にとらわれ、
何度も自分をすり減らしている自分自身を、
解放してやることなのです。
この本は、表面的な励ましの言葉を
並べただけのものでは決してありません。
生死に関わる苦難を経験した著者が、
心の内から差し出した、真摯で重みのある人生への省察です。
本の中に、読んだとき私の胸に深く響き、
長い間抱えていた疑問も解いてくれた一節があります。
「感情と魂が吹き込まれなければ、
人の肉体は血と肉でできた有機体の塊にすぎません。
つまり、仏教でいうところの『皮袋』です」。
人にさまざまな感情が生まれ、
喜びや楽しみ、悲しみや苦しみを味わうのは、
魂に情があるからなのです。
肉体は、私たちを収める器にすぎず、
肉体そのものが苦しむわけではありません。
心の傷、納得できない思い、
悔しさ、執着は、
もともと血や肉から生じるものではなく、
魂に宿る感覚です。
情や思いがなければ、
肉体はただの体であり、
悲しみも喜びも、得ることも失うことも感じません。
私たちには魂があり、
感情があるからこそ、心を動かされ、
誰かを気にかけ、傷つきもします。
そして苦しみの中に深くはまり込み、
過去という牢獄から
長い間抜け出せなくなるのです。
そこまで読み解いて、
私はようやく気づきました。
苦しみもまた、人が生きている証しなのです。
けれども私たちは、
その「情」に縛られることもよくあります。
感情が絶えず体をむしばむに任せ、
心に背負った重荷を、
ついには肉体の現実の痛みや病へと変えてしまうのです。
病気になる前の葉檀(イエ・タン)は、
決断力と鋭さを備えた経済分野の人として広く知られ、
いつも足早に、目標へ向かって全力で進んでいました。
🌟葉檀(イエ・タン)は、中国の経済評論家・作家す。
今回ママが読んでいる『与生命和解』の著者本人。
長年、仕事の世界で困難を乗り越えてきた彼女は、
物事の進み方を自分でコントロールし、
望む結果を追い求めることに慣れていました。
予定を隙間なく埋めて
プレッシャーに立ち向かい、
持ち前の強さであらゆる難題を背負っていました。
当時の彼女は、
世の中で得られるものはすべて、
自分の努力によって、
しっかり手にできると信じていたのです。
しかし、運命は前もって警告をくれません。
突然の重い病気が、
それまで彼女が抱いてきた
「自分でコントロールできる」という感覚を、
完全に打ち砕きました。
終わりの見えない治療、
消耗していく体、病状がぶり返すことへの恐怖が、
ひたすら前へ進んできた彼女を、
否応なく立ち止まらせました。
これまでの輝かしい経歴や名声、
世間でいう成功も、
生と死の境目に立って振り返れば、
どれも軽く、取るに足らないものになりました。
この身をもって味わった
肉体の苦しみがあったからこそ、
彼女は強い人間であろうとする鎧を脱ぎ、
納得できない思いや頑なさを手放して、
命の本来の姿を改めて問い、
生きていることの最も素朴な意味を理解したのです。
彼女は本の中に、次のような思いを記しています。
「病気は罰ではなく、
命からの気づきを促すものです。
死は終点ではなく、
今この瞬間を生きることを人に学ばせるものです」。
病気は運命が与える罰ではなく、
命からの優しい知らせなのです。
慌ただしく走り続ける人に立ち止まるよう促し、
体にすでに積み重なっていた疲れや、
今もこうして生きている一瞬一瞬に目を向けさせます。
人生はそもそも、
何もかもが思いどおりになる筋書きには、
なかなかなりません。
どうにもできないことが多いのも、日常の一部です。
この本が心を打つのは、
苦しみが消えると約束しているからではありません。
不安や執着、
自分をすり減らす思いの中にいる
一人ひとりに、
欠けたところを受け入れ、
心残りが生じることも許し、
自分自身と和解することこそが、
人生で最も大切な修練だと伝えているからです。
本を閉じると、
さまざまな思いがこみ上げてきました。
本の一字一句に、
これまで歩んできた 私の半生が映し出されているようでした。
葉檀が耐えてきたのは、
肉体の病がもたらす苦しみです。
一方、私は長年、
目に見えない心の枷にとらわれてきました。
これまでを振り返ると、
私の人生には数えきれないほどの心残りや傷があります。
人生の半分を仕事の世界で浮き沈みしながら過ごし、
人の情の温かさも冷たさも見て、
成功も失敗も、得ることも失うことも経験してきました。
力を尽くしたのに
思いどおりにならなかった落胆もあれば、
真心を尽くした末に何も残らなかった、
やりきれない思いもあります。
長く気を張り続ける暮らし、
解決しないままの心のわだかまり、
繰り返し揺れ動く感情が、
少しずつ心と体をむしばんでいきました。
心の中にたまった感情は、
ひとりでに消えてはくれません。
本にあるとおり、
肉体そのものには悲しみも喜びもなく、
魂が抱える無数の感情が、
日々内側から押しつぶすように働き、
ついには肉体にも害を及ぼすのです。
長年、心が張り詰め、
執着が消えずにいたことで、
私の免疫力は少しずつ落ち、
微熱を繰り返し、
なかなか治らなくなりました。
長年にわたる精神的な苦しみは、
最終的に元には戻せない傷を残し、
私は右目の視力を永遠に失いました。
この体に残った障害は、
今生でもう取り戻すことのできない心残りであり、
長く自分をすり減らす
感情を抱えてきたことの、重い代償でもあります。
心の底にはずっと、
重い石が一つのしかかっていました。
何年も前に突然起きた、
あのネット上での誹謗中傷です。
いわれのない中傷が突然暮らしに入り込み、
それまでの穏やかな日々を乱しました。
あの出来事は、
夜中に夢から覚めるたびに思い出し、
どうしても気持ちに折り合いをつけられない、
心のわだかまりとなりました。
何年たっても、
私はそのことが心に引っかかったままでした。
公正な結末を求め
子どもの潔白が完全に明らかになることを、
すべての悪意に決着がつくことを願っていました。
「望む結果が得られない限り、私は安心できない」
と、何度も心の中で繰り返していました。
自分の喜びも悲しみも、
心の安らぎも希望も、
すべてあの出来事の結末に結びつけていたのです。
心は過去に固く縛られ、
その重さはすべてこの体にのしかかりました。
執着に歳月を縛られ、
この先の日々をすり減らすままにしていました。
先日、安順へ行き、
長らく会っていなかった友人たちと再会して、
一緒に過ごしました。
人前では笑顔を見せようと努めましたが、
気遣いの細やかな友人たちは、
その笑顔の下に隠れた悲しみと不安を見抜いていました。
友人たちは、執着を手放すことを学んでほしいと、
心を込めて諭してくれました。
「多くのうわさは、
何か大々的な宣言をしたからといって、
完全に打ち消せるものではありません。
何が正しく何が間違っているかは、
わかる人にはわかっています。
苦しみながら、
いつまでもとらわれる必要はありません。
こだわり続ければ、
結局、傷むのは自分の体だけです」と。
周りの人から見れば、
私はゆったりと落ち着いていて、
いつもどおり笑いながら話しています。
時には古い友人を誘って遠くまで旅をし、
広々とした山や川を眺めています。
もう人生と穏やかに
折り合いをつけたように見えるのでしょう。
けれども、最も親しい友人たちは、
笑顔の下に隠した疲れと、長年の苦労を見抜きます。
友人たちは、
私が自分をこれほど縛りつけていることをつらく思い、
繰り返し慰めてくれました。
「世の中には思いがけないことが多く、
人の力ではどうにもならないこともたくさんあります。
解決の見えない昔の出来事一つに、
一生の喜びも悲しみも、すべて懸ける必要はありません」と。
この『与生命和解』は、
私を理解してくれる友人が、
思いやりを込めて贈ってくれた本です。
友人は、私が感情の苦しみから抜け出せず、
長年、執着にとらわれて
自分を苦しめていることを知っていました。
一瞬ですべてを吹っ切るようには求めず、
この本の言葉の力を借りて、
私が少しずつ心の縛りを緩め、
手放す勇気を持てるよう願ってくれたのです。
この本を読み終え、
私は少しずつ気づきました。
世の中の苦しみの多くは、
外から押しつけられるのではなく、
心の中で自分を縛り、
執着によって自分を苦しめることから生まれます。
肉体がひとりでに苦しむのではありません。
私たちが心の中で受けた傷を
何度も思い返すからこそ、
苦しみが絶えず続いてしまうのです。
多くの場合、
人を押しつぶすのは、体が受ける苦しみとは限りません。
尽きることのない思い悩みや、
手放せない心残り、
そして自分自身と折り合いをつけようとしない執着です。
私もようやく、手放すことは、
どうしようもない末の妥協であるだけでなく、
自分を救うための道でもあるとわかりました。
本の中に、素朴でありながら力強く、
私の心にまっすぐ届いた言葉があります。
「どれほど苦しくても、世界はまた動き出します。
どれほど苦しくても、太陽はいつもどおり昇ります」。
心の中でどれほど傷が痛んでも、
時は誰のためにも止まらず、
暮らしは前へ進み続けます。
執着の中には、
自分一人の力では
どうしても解けないものも多くあります。
解けない心のわだかまりを手放してこそ、
苦しみの束縛から抜け出せるのです。
苦しみに振り回されなくなって初めて、
朝日が昇り、夕日が沈むのを静かに感じ、
人の情の温かさや冷たさ、
ありふれた日々の営みを実感できます。
本当の和解とは、
初心を捨てたり、自分の中の譲れない一線を
手放したりすることではありません。
まして、悪意に屈し、
不公正を受け入れることでもありません。
自分の感情のすべてや、
人生の重心、幸せや心の安らぎを、
たった一つの結果に固く結びつけるのをやめることです。
私の心には今も希望が残っています。
世の中に公正さを求め、
真実が明らかになり、
何が正しく何が間違っていたのか、
はっきりすることを今も願っています。
母親として子どもを守りたいという最初の思いは、
薄れたことも、揺らいだこともありません。
守るべき一線では決して譲らず、
自分にできることには、これからも力を尽くします。
ただ一つ変わったのは、
そのために焦り、かたくなになって、
自分をすり減らすことはもうしない、という点です。
自分にできることを尽くし、
あとは天に任せること。
黙々と努めながら、
時が巡るのを静かに待つことを学ぼうとしています。
すべきことへの思いは持ち続けても、
感情までそこに沈み込ませることはしません。
思いどおりの結末を迎えていない過去の出来事のために、
今ここに流れている
暮らしを壊すことは、もうしません。
解決の見えない心残りのために、
残りの人生の心と体を使い果たすこともしません。
葉檀は、自ら経験した生と死に関わる出来事を通して、
読者に伝えています。
人が一生のうちに自分の手でつかんでおけるものは、
ごくわずかで、
どうにもならないことは至るところにあります。
一度起きれば、消えない痕を残す傷もあります。
埋め合わせることのできない心残りもあります。
一生をかけて答えを求めても、
望む答えが得られるとは限らないこともあります。
周りを見渡せば、
誰もがそれぞれに重荷を背負っています。
時代の大きな流れの中で、
一人ひとりが黙って自分の暮らしを支えています。
浮き沈みする経済状況、
現実の暮らしにのしかかる幾重もの負担、
人と人との複雑な関係。
誰の心にも、他人にはなかなか話せない苦しみがあります。
何の障害もなく人生を歩める人はいません。
どの家庭にも解き難い問題があり、
誰の心にも越えられないわだかまりがあるのです。
世の中のさまざまな苦難を経験し、
生と死についての考えに触れて、
ようやくわかりました。
無事に生き、
基本的な健康を保てていること自体が、
運命からの何より大きな贈り物なのです。
体が傷ついて初めて、
健康がどれほど大切かを知ります。
心が苦しみを経験して初めて、
平穏が当たり前ではないとわかります。
私たちには感情と魂があるからこそ、
苦しみを感じます。
そして同じように、
その魂と深い情があるからこそ、
温かさを感じ、光を見いだし、
自分を癒やすこともできるのです。
私は仕事の中で幾度も厳しい経験をし、
感情によって深く傷つき、
夜中の苦しみや迷いを耐え抜いてきました。
体に残った障害への心残りも抱えています。
苦難の続く道を歩いてきて、
ようやく、完璧ではない人生と
少しずつ折り合いをつけることを学んでいます。
今の私は、自分自身と、過去と、
そして消えずに残る心残りと、
和解しようとしています。
私は今も、優しい心を持ち続けています。
根っこにある強さも、
未来への希望も変わりません。
ただ、もう自分を閉じ込めず、
夜中に何度も傷ついた出来事を思い返さず、
執着に自分の感情のすべてを支配させないようにしています。
執着が心に残っていても、
感情までそこに沈み込む必要はありません。
譲れない思いを持ち続けても、
そのために暮らしを止めてはいけません。
人生に空白が残ることも、
世の中に思いどおりにならないことがあるのも、
努力が必ずしも見合う結果につながらないことも、
答えが出ないまま終わる話があることも、受け入れます。
自分が尽くすべき力を尽くし、
足元の道を一歩ずつ着実に歩いていきます。
その先のことは、時間に、歳月に委ねます。
半生にわたる苦難を経て、
今『与生命和解』を読み、
その最も深いところにある意味を、ようやく理解しました。
人生で最も大切な修練とは、
何もかもが思いどおりになることを求めるのではなく、
命を大切にし、時間を大切にし、
今この瞬間を大切にすることです。
自分をいたわり、心を落ち着かせ、
健康を守ること。
人生にはもともと不完全なところがあると受け入れ、
いつまでも自分を苦しめる過去への執着を手放すことです。
無事に生き、健康でいられること。
それが、この人生で何よりの幸せです。

今回のママのブログ… ほんとに奥が深くて 何度も読み返してしまいました…(´・ω・`)
あの事件、今でも「解決への希望」をもってるし、
ぬれぎぬが晴れてほしいと願ってるけど、
そのことのために、心と体をすり減らすのはやめる…というママ。
これ、ほんと… あれから5年たった、
いまの海哲の心情にもすごく 響く話でした😢
この原文サイトの最後に ママの動画があるんだけど…

ママが、この本を読んで アンダーラインをひいてる箇所が出てくるんですよ…
下線部分は、「人的肉身就是一堆血肉组成的有机体,也就是佛家所说的皮囊」
日本語に訳すと「人間の肉体は、血と肉でできた有機体の塊にすぎません。つまり、仏教でいうところの『皮袋(肉体という入れ物)』です」という部分。上のブログ内でも出てきた部分でした。
(大事なところに アンダーラインをひく読み方は、ママもハンハンも同じで さすが母子ww)
とにもかくにも、今回のママブログ。
いろいろな この5年の思いが 脳裏を駆け巡るブログでした。
チャンジャーハンブランドEHZZ 今日発売の新作「旅人、レンズの中へ下巻」
さて!最後は 今日11時に発売された EHZZの新作。
ウイチャットストアのラインナップを 記録。
EHZZ×「旅人、レンズの中へ:下巻」新作 ラインナップ

「旅者入镜:下卷」
和訳 「旅人、レンズの中へ:下巻」
※ここでの「入镜」は、写真や映像の「画面に映り込む」という意味合い

以下 今日のラインナップ。※1クリックで拡大できます




日本円は1元=約23.5円で計算した目安です。
闪闪长袖T恤/キラキラの長袖Tシャツ/469元(約11,000円)
皮夹克/レザージャケット/1,299元(約30,500円)
割破牛仔长裤/ダメージ加工のジーンズ/899元(約21,100円)
高领打底/ハイネックのインナー/669元(約15,700円)
摇粒绒卫衣/フリースのスウェット/969元(約22,800円)
皮半裙/レザーのスカート/799元(約18,800円)
民族风毛衫外套/エスニック柄のニットカーディガン/1,099元(約25,800円)
可拆卸羽绒服/取り外し可能なダウンジャケット/2,399元(約56,400円)
镜片衬衫/ミラー装飾のシャツ/869元(約20,400円)
灯芯绒外套/コーデュロイのジャケット/1,199元(約28,200円)
民族风毛衫马甲/エスニック柄のニットベスト/669元(約15,700円)
毛线冷帽/ニット帽/299元(約7,000円)
花形皮带/花形バックルのベルト/399元(約9,400円)
ハンハンが、新疆行の空港で着てたのは これ。


原文: EH·Z 2026「旅者入镜:下卷」闪闪长袖T恤
和訳: EH·Z 2026「旅人、レンズの中へ:下巻」キラキラの長袖Tシャツ
価格: 469元(約11,000円)
白なので ぱっと見たときわかりにくかったんだけど 実は ラメがはいってるというww
(もう1つ。色違いの茶色があり、それは かなりキラキラ感あり)
今回も 細部にまでこだわりを感じる ラインナップでした♡
ではでは今日はこのへんで。ここまでご覧くださりありがとうございましたww
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