3日ぶりの更新です(^^;)
今日は、ハンハンママのブログ更新あり。
「ハンハンが来月6月に、香港城市大学のMBAを卒業する」ことが判明!(おめでとう!)
このほか、これまでの話もいろいろ書かれておりました。全文和訳でご紹介します。
チャンジャーハンママの最新ブログ「心に熱い想いを抱けば、風雪など恐れるに足りない)」
今回のママブログは、ハンハンと「よく似た生き方」をされているバイク開発者の話から始まります。
中盤から、「あの813事件からの、ハンハンの話」が出てくるので、
ぜひお時間があるときに読んでみてください<(_ _)>
心有炽热,何惧风霜(心に熱い想いを抱けば、風雪など恐れるに足りない)全文和訳

心有炽热,何惧风霜(心に熱い想いを抱けば、風雪など恐れるに足りない)
タゴールはかつてこう語りました。
「私たちがこの世界を本当に熱愛(※)するとき、
初めて本当にこの世界に生きているのだ」と。
※热爱(熱愛):単なる「好き」よりかなり強く、
愛する気持ち、信念を伴う熱意が混ざった言葉。
人生という旅路は長く、浮き沈みは常であり、
前途に終始平坦な道などありません。
生活の中の困難、世間からの批判、
業界における鍛錬
―そうしたものは、夢を追う道の途中で
予期せず訪れるものです。
そして多くの人が、
その苦境に立ち止まり、道半ばで退場してしまいます。
しかし本当の「熱愛」とは、
心の奥深くに根を張った誠実さと信念です。
境遇に左右されず、
流言に流されることもなく、
それを貫いてこそ、
人はあらゆる障害を突破し、
前途の険しい道を乗り越えることができるのです。
熱愛はまた、貧困という束縛を打ち破る力にもなります。
平凡な人が泥の中にしっかりと根を下ろして成長し、
その揺るぎない努力によって
非凡な成果を成し遂げ、
国の名誉を高めることもできるのです。
バイク職人・張雪(ジャン・シュエ)の逆転の人生は
「熱愛はあらゆる困難に打ち勝つ」ということを
最も生き生きと、そして感動的に示す実例です。
彼は1987年、湖南省懐化市の辺鄙な山村に生まれました。
幼い頃に両親が離婚し、家は貧しく、
古びた土壁の家では、
風雨を十分にしのぐこともできませんでした。
苦しさと困窮は、
彼の幼少期全体につきまとっていました。
生活のため、やむを得ず中学校を中退し、
14歳で狭く油にまみれた修理工場の見習いとなりました。
厳冬の時期には、両手は一日中油汚れにさらされ、
何度もひび割れてはかさぶたになりました。
生活が苦しい時には粗末な部屋に身を寄せ、
時には拾い集めた雑品を売って
生活の足しにすることさえありました。
それでも、そうした貧しさや苦難は、
彼がバイクという仕事に抱いていた
純粋で熱い情熱を、
一度たりとも消し去ることはありませんでした。

心に抱く熱愛を守り、
専門技術を磨くために、
彼は昼夜を問わず研究に打ち込み、
ひたすらその道を深く追求しました。
幾度となく訪れた冬の深夜、
彼は何度もバイクの部品を分解しては組み立て、
磨き続けました。
長年にわたる積み重ねと鍛錬の末、
ついには目隠しをしたままエンジンを
点検・修理できるほどの卓越した技術を身につけ、
機械の誤差を極限まで管理できるようになりました。
19歳のとき、彼はレースの世界で活躍し、
プロチームに加入するという夢を抱いていました。
しかし、自分をアピールする機会に恵まれずにいました。
チャンスをつかむため、
彼は1週間連続で湖南衛星テレビの
『晩間新聞(夜間ニュース)』制作チームに
自ら電話をかけ続け、
取材に来て記録してほしいと真摯にお願いしました。
最初の撮影では、
彼の技術を十分に伝えることができないまま、
撮影スタッフは帰路につこうとしていました。
唯一の希望が失われようとしているのを
目の当たりにした彼は、
運命に屈することを拒みました。
激しい雨の中、古いバイクに乗り、
3時間にわたって取材車を懸命に追いかけ、
100キロ以上を走破しました。
そして、
もう一度だけチャンスを与えてほしいと心から訴えたのです。
この不器用ながらも全力を尽くした行動は、
名声や利益のためではなく、
ただ初志(夢)のためのものでした。
それは、一人の若者が
バイクという仕事に捧げた、
最も純粋で誠実な「熱愛」の表れだったのです。
この場面は、私の心を深く打ちました。
身分の低さを恐れず、
道の遠さを恐れず、
熱愛のために全力を尽くす若者の姿は、
あまりにも真摯で胸を打つものでした。
そして私は深く理解しました。
本当の熱愛とは、
常にためらうことなく向かっていくことであり、
志を変えることなく貫き続けることなのだと。
アインシュタインはこう言いました。
「あらゆることにおいて、
最良の教師は熱愛である。
それは責任感をはるかに上回る」
彼は長年にわたる高強度の実践訓練によって
全身に多くの故障や怪我を抱え、
残念ながらプロレーサーになる夢を叶えることはできませんでした。
しかし心の奥で燃え続ける熱愛は、
絶えず彼の潜在能力を呼び覚まし、
新たな力を生み出しました。
そして彼を平凡に甘んじさせず、困難に立ち向かわせたのです。
彼は大きな志を立てました。
「必ず中国人の手による本物の国産バイクを造る」と。
その後20年以上にわたり、
彼はバイク製造の分野に根を下ろしました。
粗末な修理工場から出発し、
一歩ずつ自主ブランドを立ち上げ、
模倣と試行錯誤の段階から独自開発へと進みました。
そしてついに、エンジンの中核技術の開発に成功し、
海外の老舗メーカーによる
長年の技術独占を打ち破りました。
さらに、中国製大型バイク産業の空白を埋めることにも成功したのです。

2026年、ポルトガルの国際サーキットにおいて、
彼は自ら開発したバイクを駆ってレースに挑みました。
そして数多くの世界トップクラスの選手たちを打ち破り、
力強く勝ち抜いて、見事優勝を果たしました。
鮮やかな五星紅旗(中国国旗)が
異国のレース会場で風になびく姿を見たとき、
強い誇りと深い感動が胸に込み上げました。
しかし、その栄光の裏には、
人知れぬ圧力と苦難がありました。
名声を得た後、彼は業界の既存の構図を打ち破り、
外資系大手企業の利益を揺るがしました。
その結果、業界全体からの包囲網、
サプライチェーンの供給停止、
販売ルートの制限など、幾重もの圧力を受けることになりました。
事業は一時、絶体絶命の危機に陥り、
生涯をかけて取り組んできたバイク事業から
完全に退く寸前にまで追い込まれました。
幸いにも、数十年にわたり積み重ねてきた実力と、
決して諦めない熱愛があったからこそ、
彼はあらゆる悪意と試練に耐え抜き、
絶望的な状況の中でも
倒れることなく立ち続けることができました。
もしこの誠実な信念と守り続ける心がなかったなら、
彼はとっくに世俗の圧力に屈していたことでしょう。
そして中国製バイクもまた、
世界を驚かせる栄光の機会を失っていたに違いありません。

まさにこの純粋で揺るぎなく、
風雨にも変わることのない夢への初志が、
私の心を深く揺さぶるのです。
私は以前から積極的に張雪の動向を追い続け、
彼の動画をたびたび見返し、
関連するエピソードを調べながら、
彼が歩んできた苦難と堅守の日々を真摯に受け止めてきました。
彼がレース会場で国旗を掲げ、
国のために栄光を勝ち取る姿を見るたびに、
今でも胸は高鳴り、涙があふれそうになります。
私が最も強く共感するのは、
彼がバイクという仕事に注いできた、
死ぬまで変わることのない熱愛です。
田舎の見習い工から、
世界チャンピオンチームの創設者へ――。
これは単なる逆転劇ではありません。
これは一人の中国人が、
人生の半分を懸けた執念と熱愛によって、
世界中の偏見や差別と闘い続けた物語なのです。
貧しさを経験し、幾度も圧力を受けながらも、
なお執着するほどに、信念を守り続けるその姿は、
長年にわたり芸術への理想を守り、
演技の道への初志を貫いてきた
私の息子の情熱と頑なさに、あまりにもよく似ています。
張雪が太陽に向かって歩み続けるその姿を見るたびに、
私は同じように夢を追う道で、
幾度も風雨にさらされ、
何度も非難を受けてきた息子のことを
思い出さずにはいられません。
熱愛は、世俗の風雨に耐える力となり、
夢を追う人が浮き沈みの中でも本心を守り、
挫折の中でも前へ進み続ける支えとなります。
張雪の熱愛が、貧しい環境から這い上がった職人として
実業を深く追求し、国の可能性を切り開く責任と覚悟であるならば――
私の息子は、芸術を生涯の信仰とし、
演技を人生の追求としながら、
世論の風雨の中でも、
初志を変えることなく、
穏やかで揺るぎない心で夢を追い続ける人なのです。
幼い頃から、彼は演技という芸術に心を奪われ、
この人生を芸術に捧げる夢を
早くから固く決めていました。
しかし当時の私は、
どうしてもそれを理解することができず、
受け入れることもできませんでした。
私たちはごく普通のサラリーマン家庭です。
芸術を学ぶには多額の費用がかかり、
高額な学費は一般家庭にとって大きな負担でした。
そのうえ芸術業界は競争が激しく、
大勢の人が一本の細い橋を渡ろうとするような世界です。
成功できる可能性は極めて低く、
前途は未知とリスクに満ちていました。
そうした不安を抱えた私は、
彼がその芸術の夢を追うことに強く反対しました。
彼の執念に共感する人はおらず、
彼の熱愛を理解する人もいませんでした。
心の中にある純粋な芸術への初志を守るため、
頑固な彼はついに家出という道を選びました。
私の反対に対抗するため、
極端な方法を取ったのです。
夢のために命がけで
信念を守ろうとする彼の姿を見て、
私はついに心を動かされ、折れることにしました。
そして彼の熱愛を受け入れ、
長い学びの道へと送り出し、
夢を追う旅を始めさせたのです。
十数年にわたりひたむきに研鑽を積み、
着実に経験を重ねてきた彼は、
確かな専門的実力と誠実な努力によって
着実に成長していきました。
そして30歳という人生の最も輝かしい時期に、
順調に芸能活動の頂点へとたどり着きました。
仕事は着実に上昇を続け、発展の勢いも良好でした。
当時の彼は演技の技術もますます磨かれ、
多くの視聴者から認められ、
愛されるようになっていました。
本来であれば、愛する芸術の道を着実に歩み続け、
その才能をさらに花開かせていくはずでした。
しかし芸能界は競争が激しく複雑な世界です。
彼が着実に成長し、
徐々に広く知られるようになるにつれ、
根拠のない噂や激しいネット上の非難も
押し寄せるようになりました。
わずか3日間のうちに、
世論の悪意が、すべてを覆しました。
彼は突然インターネット上から
全面的に封殺され、
個人アカウントは停止され、
出演作品はすべて配信停止となりました。
舞台から姿を消し、
スクリーンからも完全に消え去りました。
長年心血を注いできたキャリアは
一瞬にして崩壊し、
あらゆる出演機会と露出の場を失いました。
こうして彼は、
着実に上昇していたキャリアの途上から
突然突き落とされ、
行方も見えないまま
非難だけが渦巻く「人生のどん底」へと落ちていきました。
そこで彼は、
数え切れないほどの理不尽さと
冷たさを味わうことになったのです。
この予期せぬ壊滅的な打撃は、
一人の人間の意志を打ち砕き、
長年抱き続けてきた初志をも
粉々にしてしまうほどのものでした。
しかし幸いなことに、
その暗闇を彼一人で背負うことはありませんでした。
彼を信じ、好きであり続け、
支え続けてきた多くのファンの仲間たちが、
常に彼と共に歩み、決して離れることがなかったのです。
皆が心を一つにして寄り添い続け、
さまざまな証拠を根気強く集め、整理し、
全力で彼にまつわる噂を否定し、
真実を明らかにしようと努めました。
また自ら声を上げて彼の潔白を守り、
最も暗く苦しい歳月を静かに共に過ごしながら、
ネット上の誹謗中傷による
傷や苦しみを分かち合いました。
距離を越えて交わされたその真心からの支えは、
絶望の中にいた彼にとって
最も温かな光となり、
最も確かな支えとなりました。
それによって彼は
悪意に打ちのめされることもなく、
挫折に負けることもなくなりました。
さらにそれは、苦難に向き合い、
低迷の時期を受け入れ、
人生を再び歩み始めるための
大きな力を彼に与えたのです。
数々の風雨を経験した後も、
彼は運命の不公平さを
嘆くことはありませんでした。
消極的に沈み込み、
自暴自棄になって妥協することもありませんでした。
ましてや悪意ある圧力に屈して
負けを認めることもありませんでした。
絶望的な状況の中で、
彼は自分自身を見つめ直し、
内面を深く磨く道を選びました。
多くのファンの仲間たちの温かな支えと
揺るぎない応援に支えられながら、
静かに力を蓄え、自分自身を高め続けたのです。
一方では、熱い芸術への初志を守り続けながら、
本を読んで心を豊かにし、
ギターを学び、作詞や作曲を学び、
絶えず自分自身を磨き続けました。
そして芸術的な力を高めながら、
感じたことや考えたことを書き記し、
心を磨くと同時に、
新たな創作のインスピレーションを
次々と生み出していきました。
非難が収まらず、
前途が険しいままであったとしても、
初志は変わらず、
熱愛も消えることはありませんでした。
彼は歩みを止めることなく創作を続け、
長年深く取り組んできた
芸術活動を決して諦めませんでした。
さらに視野を広げ、総合的な能力を高め、
人生の長期的な成長につなげるため、
彼は学業にも真剣に取り組みました。
そして香港城市大学のMBA課程への進学を果たしました。
この自己を磨き成長する時間の中で、
彼は学問にも勤勉に励み、
知識を深めながら着実に学業を進めてきました。
そして今年6月、学業を修了する予定です。
サー・ベイニンはかつてこう語りました。
※撒贝宁(Sǎ Bèiníng/サー・ベイニン) 中国の有名な司会者・キャスター
「熱愛に力があるのは、
それを守り続ければよいからだ。
そこからどんな結果が得られるのかを、
決して考える必要はない」
およそ5年にわたる成長と自己研鑽の歳月の中で、
彼は歩みを止めることなく、
光に向かって成長し続け、
絶えず新たな挑戦を重ねてきました。
彼は東南アジア、オーストラリア、香港など各地を巡り、
10回以上の個人コンサートを開催しました。
また、3枚のオリジナル音楽アルバムを発表しました。
さらに、自ら監督・撮影を手がけた
ドキュメンタリー映画『八月』では、
真実味と繊細さに満ちた映像表現を通じて、
自身がネット上の暴力に遭い、
人生のどん底に落ち込み、
絶望の中でもがきながら自らを救い出し、
最終的に再生へと至るまでの「心の軌跡」を
余すことなく記録しました。
特筆すべきなのは、この作品が個人の視点にとどまらず、
自己救済と成長の物語を、
中国文化や祖国の山河の発信と結び付けている点です。
作品には温かさと重厚さを兼ね備えた、
祖国への想いが込められています。
真摯な感情表現、深い気づき、
そして前向きな人間性を核とする内容によって、
この作品は12の国際賞を受賞し、
業界からの高い評価と観客の共感を得ました。
現在までに動画プラットフォームでの再生回数は2400万回を超え、
逆境の中でも前進し続ける精神を伝えながら、
中国の大地と伝統文化が持つ独自の魅力を発信し続けています。
それと同時に、他のプロジェクトも準備・進行中です。
現在の映像業界は全体的に低迷し、
市場環境も厳しく、
業界の発展そのものが困難に直面しています。
そのような状況の中でも、
彼は初志を揺るがせることなく、
創作を守り続け、
演芸・映像分野を深く追求し続けています。
今もなお熱愛を灯火として
創作の力を生み出し続け、
作品を丹念に磨き上げながら、
中国の物語を真心を込めて語り、
中国文化の精神を受け継ぎ、
演芸の世界で静かに光を放ち続けているのです。
二人の人生(※)を振り返ると、
その生い立ちも歩んだ道も異なります。
🌟ここでいう「二人」は、張雪(バイクメーカー創業者・レーサー)
張哲瀚(チャン・ジャーハン)の二人のこと。
しかし経験してきた苦難には、
どこか共通するものがあります。
そして何より尊いのは、
二人が同じ精神的な核を持っていることです。
それは、純粋で熱く、
どれほど風雨にさらされても色あせることのない熱愛です。
張雪は貧しい家庭に生まれ、
重工業の分野に根を下ろしました。
業界からの包囲、技術的な壁、
資本からの圧力に正面から立ち向かい、
揺るぎない信念によって困難を突破し、
国際舞台で祖国のために栄光を勝ち取り、
中国のものづくりの名を世界に示しました。
一方、私の息子は演芸の世界を深く歩み続けてきました。
キャリアの頂点で業界内の悪意ある競争、
誹謗中傷、そして全面的な封殺に遭いました。
しかし人生のどん底で学びを深め、
自分自身を磨き、創作を守り続けました。
そして穏やかでしなやかな強さをもって
中国伝統文化を受け継ぎ、
チベットを自転車で巡りながらドキュメンタリーを撮影し、
祖国の壮大な風景を映像で伝え、中国の温かさを世界へ届けています。
まったく異なる二つの夢への道ではありますが、
その前途は違っていても、
二人には驚くほど共通した初志と責任感があります。
彼らが絶望を乗り越え、束縛を打ち破り、
長く信念を守り続け、祖国に貢献することを支えてきた核心の力――
それこそが、決して揺らぐことのない熱愛なのです。
長い歳月に抗うことができるのは
「熱愛」だけです。
人生の風雨を渡り切ることができるのは
「揺るぎない信念」だけです。
もし心の奥底にこの熱い執念がなかったなら、
彼らはとっくにどん底に閉じ込められ、
苦難の前で立ち止まり、圧力に打ち負かされていたことでしょう。
まさにこの消えることのない「ゆるぎない信念」こそが、
最も堅固な鎧となり、
最も揺るぎない支えとなりました。
それは彼らを支え、
絶望の中でもしっかりと根を張って成長させ
苦難の中で変化と成熟をもたらし、
それぞれの分野で地道に歩み続けながら価値を生み出し、
祖国に栄光を添える力となったのです。
現在、外部の勢力は絶えず
消極的で退廃的な思想を広め
「横になってやり過ごす(躺平)」
という生き方を意図的に吹聴しています。
そうした環境にあるからこそ、
数々の風雨を経験しながらも初志を変えず、
歩みを止めることなく努力を続ける、
このような夢追う姿勢は、
いっそう貴重で力強いものに感じられます。
ディドロはこう語りました。
※ディドロ:18世紀フランスの哲学者・思想家
「偉大な熱愛だけが、
魂を卓越した高みへと昇華させることができる」
熱愛とは決して一時の思いつきではありません。
それは日々積み重ねられる堅守(信念を貫くこと)であり、
長い歳月を経ても
変わることのない初志なのです。
熱愛は、自らを癒し人生を成就させるだけでなく、
人の潜在能力を呼び覚まし、限界を突破させます。
そして個人に力を与え、社会に光を添え、
時代の精神を形づくることさえできるのです。
それは貧しい家庭に生まれた若者を運命の鎖から解き放ち、
人生のどん底にいる人に新たな出発の機会を与え、
着実に遠くまで歩ませることができます。
また平凡な人生に、
平凡ではない追求と責任を与えることもできるのです。
成功とは決して
一朝一夕で手に入るものではありません。
あらゆる輝かしい成果の裏には、
日々積み重ねられた堅守と、困難に立ち向かう勇気があります。
二人の夢追う者の人生を振り返れば、
貧しい環境から道を切り開いた歩みも、
人生のどん底から再出発した揺るぎない決意も、
すべてが熱愛の持つ大きな力を証明しています。
この純粋な真心は、
人を運命の束縛から解き放ち、
世俗の風雨に耐えさせ、
絶望の中で成長と変化をもたらし、
信念を守り続ける中でその価値を花開かせます。
こうした、どれほど風雨を経験しても
初志を変えない夢追う精神こそが、
今の若者たちに最も必要な精神的な糧なのです。
どうか私たちの世代の若者たちが、
それぞれの人生の道で信念を持って努力を積み重ね、
光に向かって歩み続けてくれることを願っています。
真心をもって青春に応え、堅守をもって遠大な未来へ向かい、
尽きることのない熱愛と責任感を携えながら、
新時代の若者にふさわしい輝かしい道へと歩み出し、
平凡な人生の中にある非凡な輝きを咲かせてほしいと願います。
ちなみに、張雪は、中国独自開発のバイクブランド『ZXMOTO』を立ち上げ、
国際レースで優勝して世界的な注目を集めた中国人ライダー兼実業家。
ZXMOTO設立は2024年、本格展開は2025〜2026年、まだ創業から約2年の新興メーカー。
あの事件から、もうすぐ5年。
長いようで早かった5年。本当にいろいろなことがありましたネ😢
(当時は純粋にも、正義は必ず勝つと信じてたけど、
まさか あの極悪事件がそのままとは… いまでも憤慨せずにいられないのだけど…
それでも ハンハンが想像を絶する努力をして、
ここまで這い上がってくれたことに感謝せずにいられません)
歌手活動、映画製作、ドラマの撮影に加えて、香港で学び続けたMBAも ついにまもなく卒業!
ハンハンは ほんとによく頑張った(スタンディングオベーションしたい気持ち)
卒業式は盛大にお祝いしてほしいですネ♪
※以前、大学生活のVLOGを公開したことがあるので 卒業式バージョンもぜひ!
ということで 以上 ママブログの全和訳でしたww ここまでご覧くださりありがとうございましたww
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