このところ、ちょっと忙しくて、
なかなかママのブログを和訳できず…で恐縮でした(^-^;
4月3日に更新された、
ママの「人生は、必ずしもあまりに「完璧」である必要はありません」。
読んでみたら…また、ハンハンの話がてんこもり!
しかも…あの事件の話が少しでてきて…二度ビックリでした😢
チャンジャーハンのママのブログ「人生は必ずしも…」
全文和訳でご紹介します。長文なのですが よかったら読んでみてくださいTT
チャンジャーハンのママ4/3ブログ「人生不必太圆满(人生は、必ずしもあまりに「完璧」である必要はありません)」全文和訳

人生は、必ずしもあまりに「完璧」である必要はありません
2026年4月3日更新
私のこの一生は、
常に執念にまとわりつかれてきました。
骨の髄には、「完璧を求める渇望」が刻み込まれています。
この渇望は、生活のあらゆる細部にまで染み込み、
仕事における一つ一つのこだわりにも溶け込み、
あたかもすべてが周到で、
すべてが思い通りであってこそ、
ようやく、時間にも自分にも背かないと言えるのだ と感じていました。
しかし世の人の多くもまた同じであり、
心には「完璧」という夢を抱きながら、
足元ではでこぼこの道を歩いています。
人生は決して、誰しも
思い通りに広がっていくものではありません。
いわゆる「十全十美」とは、
最初から手の届かない幻想にすぎないのです。
人生にはもともと絶対的な「完璧さ」など存在しません。
あなたがその場に立ち止まり、
他人の限りない華やかさをうらやんでいるとき、
その輝きの裏に隠された欠如や後悔は、
不意に目の前に入り込んできます。
そして、それは心の奥の痛みとなり、
人は得ることと、失うことの繰り返しの中で、
少しずつ人生の真実を理解していくのです。
若い頃、私は組織部で働いていました。
日々文字と向き合い、夜ごと仕事に心を砕き、
人の情の温かさや冷たさを見慣れていましたが、
ただ一人、ある指導者の人生だけは、
心からうらやましく思っていました。
その人は若くして頭角を現し、
品行は正しく、何事にも完璧を厳しく求める人物でした。
妻は穏やかで美しく才知にも恵まれ、
夫婦は互いに敬い合い、
二人そろって処級(中堅幹部クラス)の要職に就き、
出世の道も並んで順調に進んでいました。
娘も利発で聡明、成績は常にトップクラス。
このような家庭は、
まるで童話の大団円の結末のように完璧で、
少しの欠如もありませんでした。
ところが、思いがけない出来事が起こります。
この指導者は、その卓越した能力と
厳しい自己管理によって重要な正職に抜擢され、
さらに在職のまま大学院に進学することを選びました。
昼は煩雑な公務を処理し、
夜は灯りの下で懸命に学び続け、
日々の過度な負担によって
身体はついに耐えきれなくなり、
最終的に肝硬変と診断されてしまいました。
それまでのすべての「完璧さ」は一瞬にして砕け散ったのです。
私は何度も見舞いに訪れましたが、
彼は病に苦しめられ、やせ細り、
顔色は蝋のように黄色くなっていました。
それでもなお、骨の髄に刻まれた体面を守り続けていました―
―病衣は整えられ、背筋はまっすぐで、
その目には命への未練と家族への深い思いが満ちていました。
妻は一歩も離れず献身的に看病しましたが、
それでも彼の命を引き留めることはできませんでした。
最後に会ったとき、彼は静かに別れを告げました。
「これが私たちの最後の対面になるかもしれません。
皆さん、どうかお元気で」
――その一言は、刃物のように胸に突き刺さりました。
彼の死は、私に、「突然の気づき」をもたらしました。
世の中には本当の意味での「完璧」など存在せず、
あの指導者は一生をかけて、
完璧を求め続けたにもかかわらず、
ひとたびの病によって、
そのすべての華やかさを打ち砕かれてしまったのです。
完璧を追い求めること自体が執念であり、
欠如は決して欠点ではなく、
むしろ歳月が与えてくれる
「目を覚まさせてくれる贈り物」です。
不完全さを受け入れてこそ、
ようやく執念を手放し、
落ち着いて前へ進むことができるのです。
そのとき、
職場は私に大学院受験の枠を一つ割り当ててくれました。
これまでであれば、
きっと私は狂喜して、
全力でそれを勝ち取ろうとしたでしょう。
しかしその瞬間、
私はためらうことなく、それを放棄することを選びました。
私はもともと文章を書くことで生計を立てており、
日夜机に向かい続け、
すでに心身の力を使い果たしていました。
もはや命を削ってまで、
完璧や虚名を追い求めるつもりはなかったのです。
昇進して組織部を離れることになったその日、
私は市委員会のビルの前に立ち、
この八年間奮闘してきたこの建物を見上げながら、
心の中でひそかに誓いました。
数年後には必ずこの建物に戻ってくる、
ただし二度と
文章に関わる仕事には就きませんように、と。
数年後、私は本当に望みどおりこの建物へと
異動して戻ってきました。
しかし巡り巡って、
結局はより専門的な文章の仕事に従事することとなり、
運命の定めから逃れることはできませんでした。
これを「完璧」と言えるでしょうか。
願いがかなって元の場所に戻れたという点では、
「完璧」と言えます。
では、これを遺憾と言えるでしょうか。
心身をすり減らす文章の仕事から抜け出せず、
当初の期待とは食い違ってしまったという点では、
確かに遺憾に満ちています。
これこそが最も現実の人生です。
半分は完璧であり、
半分は欠如であり、
得ることと失うことは常に寄り添って生じます。
完全に思い通りになることなど、
これまで一度として存在したことはないのです。

息子は幼い頃から芸術を愛し、
歌や演技に夢中で、
その目には舞台への憧れがきらめき、
内には負けず嫌いの「強い粘り強さ」を秘めていました。
高校進学の年、彼はどうしても芸術の道へ進みたいと主張し、
私の考えとは真っ向から対立しました。
私は一心に、彼には安定した道を歩んでほしいと
願っていました。
すなわち、普通の高校に進み、
普通の大学を受験し、安定した仕事に就き、
平穏に一生を過ごしてほしいと考えていたのです。
ですから、未知の芸術の世界に
身を投じることには断固として反対しました。
反抗期の少年は、自分の愛するものを守るために、
家を飛び出すという選択をし、
その頑なさで私の反対に対抗しました。
彼の決然とした背中を見つめ、
その目に宿る夢への執着を目の当たりにして、
私は心が揺らぎ、やがて折れることになりました。
私にとって出世の道はすでに行き詰まりに差しかかっており、
これ以上、上を目指しても、ただ疲労が増すばかりでした。
それならばいっそ名利を手放し、
子どもの情熱をかなえてやるほうがよいと考えました。
あれこれ思い巡らせた末、
私は思い切って安定した職を手放し、
商売の世界へ飛び込みました。
すべては、息子の学費を十分に賄い、
彼の夢のための道を切り開くためでした。
この決断は、周囲の人から見れば
理解しがたいものでした。
多くの人が私を説得し、
もっと慎重になるように、
これほど良くて安定した仕事を手放してまで、
子どもの夢のためにすべてを賭けるべきではないと言いました。
しかし私は、一度も後悔したことはありません。
半生を政治の世界で過ごす中で、
名利にはすでに執着しなくなっていました。
これからの長い人生において、
私はただ、息子の未来を自分の人生設計の中に組み込み、
彼の歩む道を、自分の生涯の事業として捉えたいと思ったのです。
私は、自らの政治人生を早く終えることと引き換えに、
彼が夢を追うための出発点を手に入れさせました。
半生にわたる苦労と奔走をもって、
彼が前へ進む道を守り続けてきたのです。
努力する者は報われるものであり、
息子はたゆまぬ努力の末、
「上海戏剧学院」に合格し、
正式に芸能の道へと踏み出しました。
人生は、あらゆる面で万全であることなど決してありません。
あるものが減れば別のものが増え、
得ることと失うことは共に生じます。
まさに一方が譲り、
成し遂げることによって、
もう一方の星や遠い未来が照らされるのです。

卒業後、彼は芸能界で地道に歩みを進め、
ひたすら演技を磨き続け、
十年以上にわたり、二十本以上の映像作品に出演しました。
そしてついに、『山河令』の周子舒という役によって、
一夜にして名声を得ることとなりました。
彼の演技は繊細で行き届き、
卓越して人の心を打ち、
役柄を極めて深く表現し、
多くの観客を驚嘆させました。
その商業的価値も一気に高まり、
一時はまさに絶頂の輝きを放っていました。
そのとき、私の胸は誇りで満ちあふれ、
これまでのすべての努力が報われたのだと感じました。
これを「完璧」と言えるでしょうか。
長年にわたり心を尽くして育てた息子が成功し、
まばゆい舞台に立ったのですから、
これ以上ないほどの「完璧」と言えます。
しかし、この完璧は、
あまりにも脆く、ひとたまりもなく崩れうるものでした。
華やかさの裏には、尽きることのない暗流が潜んでいたのです。
業界の中では、それぞれに立場や思惑があり、
彼が頭角を現したことで、
ある人々の利益に触れてしまい、
いわれのない妨害を招くことになりました。
人の心は測りがたく、
騒動は突如として巻き起こりました。
根拠のない非難やでっち上げが次々と押し寄せ、
噂や否定的な言説が波のようにネット上を席巻しました。
多くのメディアもその流れに巻き込まれ、
わずか三日間のうちに、
壊滅的なネット上の嵐が引き起こされたのです。
一夜にして、
彼は万人の注目を浴びる業界の新星から、
奈落の底へと突き落とされました。
その名も、作品も、映像も、ネット上から完全に姿を消してしまったのです。
その年、彼はちょうど三十歳でした。
――私の三十年にわたる丹精込めた「育成」と、
彼の十年以上に及ぶ昼夜を分かたぬ努力、
そのすべての努力と汗が、
すべて水の泡となってしまったのです。
私はまだ、彼の成功の栄光を
じっくり味わうこともできず、
ようやく苦労が報われた喜びを
十分に味わうこともできないまま、
骨の髄まで突き刺さるような悲しみに包み込まれました。
それは骨に染み入るような痛みであり、
心の奥底をえぐるような苦しみでした。
私は何度も、死をもって自らの思いを示したいと考え、
彼に向けられるすべての悪意を
代わりに引き受けたいと願いました。
あの暗闇に閉ざされたような日々の中で、
私たち母子は互いに支え合って生きていました。
恨み言を口にすることもなく、
沈み込むこともなく、
ただ互いに慰め合い、励まし合いながら、
歯を食いしばって苦しみを飲み込み、
一歩一歩困難に耐え、
少しずつ泥沼の中から這い上がり、
よろめきながらも懸命に前へ進み続けてきたのです。

最も深い暗闇を乗り越えれば、
やがて必ず光に出会います。
かつての輝きを失ったあとも、
息子は挫けてしまうことはなく、
むしろ心を落ち着け、芸術に深く向き合うようになりました。
彼は音楽の創作に没頭し、
歌唱を丁寧に磨き上げ、
さらに監督や映画評論の執筆にも挑戦し、
芸能の道において新たな道を切り開きました。
確かな基礎と強い意志によって、
芸術の分野で新しい天地を切り拓いたのです。
この数年、彼は十以上の国際的な賞を受賞し、
その実績は目覚ましく、
周囲には志を同じくする優れた人材が集まり、
互いに支え合いながら共に成長してきました。
彼はやがて心を静めて多くの書物を読み、
香港へと渡って大学院でさらに学び、
知の海の中で自らを満たし、
歳月の積み重ねの中で視野と器を広げていきました。
今の彼は、若さゆえの浮ついたところが消え、
より落ち着きと物事を見通す力を備えています。
自由でありながらも冷静に生き、
自らの愛する仕事に取り組み、
独立して思考する余地を持ち、
名利に縛られない穏やかさと、
思うままに創作する喜びを味わっているのです。

私はよく考えるのです。
もしあの壊滅的な出来事がなかったなら、
彼はどのような姿になっていたのでしょうか。
おそらく、ずっとスポットライトに包まれ、
絶え間ない忙しさの中で奔走し、
名利や外からの期待に巻き込まれ、
今のような落ち着きや自由さは持てなかったかもしれません。
人は永遠に未来を定義することはできず、
また禍福や得失を予測することもできません。
もしあらかじめ因果を知ることができたとしても、
息子はきっと、今の生き方を選んでいたことでしょう。
しかし私を驚かせたのは、
彼がかつて自分を傷つけた人々を恨むどころか、
むしろ私の胸を震わせ、
同時に深い安堵を覚えさせる言葉を口にしたことです。
「自分を打ち倒した人たちに感謝します。
今の自分をつくってくれたのですから」
これは、いったいどれほどの度量と器の大きさなのでしょうか。
傷を糧とし、苦難を階段とし、
天地のような広い胸襟を抱き、
深い理解へと至る
――それこそが、不完全な人生の中で最も心を打つ、生命の勲章なのです。
よく言われるように、
怒りは詩人を生むものです。
あの突如として襲いかかった災難、
あの息が詰まるほどの絶望的な嵐は、
一見すると彼の人生を打ち砕いたように見えましたが、
実際には彼の魂を鍛え上げ、
浮ついた名利の世界から彼を本来の初心へと引き戻し、
深みと器、
そして強いしなやかさを備えた「詩人」へと磨き上げたのです。
苦難は彼の角を削ぎ落とすと同時に、
再生する力を与えました。
欠如の中で沈み込み
遺憾の中で成長し、より真実に近く、
より強い自分へと生きるようになったのです。
これこそが人生です。
得ることと失うことは常に互いに転じ合い、
円満と欠如は常に寄り添って存在します。
まさに老子の言う
「福は禍の伏するところ、禍は福の倚るところ」の通りであり、
世の中からの贈り物は、
常にこのような相反する得失の中にこそ潜んでいるのです。
すべての人にはひびがあり、
人生にはもともと欠如があり、
運命は本来、無常です。
ただ多くの人はそれを語らず、
傷や遺憾を胸の奥にしまい込み、
他人に明かそうとはしません。
しかし、この人生の不完全さこそが、
変化を求めるきっかけであり、
命がより多くの可能性を開花させる土壌なのです。
たとえば哲瀚(ジャーハン)も、
もし、あの激しい人生の嵐がなければ、
今のように深く沈み込み、
物事を見通し、芸術に打ち込む姿には至らなかったでしょう。
また、私がかつて読んで、
そして分かち合った蔡磊※の物語は
「不完全が大いなる円満を成す」という
人生の哲理を余すところなく示し、
命に心を揺さぶる重みと力を与えてくれました。
蔡磊※の人生は、
かつては世俗的な意味において最も円満な姿でした。
※蔡磊※電子商取引大手JD.comの元副社長で「中国の電子請求書を手掛けた最初の人物」
張ママが、蔡磊氏の自伝的物語について、自身のブログで書いたことがあります。
その時の話は過去記事で>>チャンジャーハンのママの公式ブログ8/16投稿「信者、恋人、散歩者」
―輝かしい成功を収め、
順調に歩みを進め、前途は明るく、日々は恵まれ、
まるで運命に特別に愛され、
この世のあらゆる美しさを与えられているかのようでした。
しかし運命の急変は予告なく訪れます。
「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」という、
200年近くにわたって立ちはだかってきた医学上の難題が突如として
彼に降りかかり、
その円満を無残に引き裂き、
彼の人生は一瞬にして無情なカウントダウンへと突入し、
それ以降、世俗的な円満とは二度と交わることがなくなったのです。
この突然降りかかった苦難は、
常人には到底耐えがたい生命の重さであり、
絶望を伴う拘束と苦しみであり、
さらにあらゆる愛情と希望を打ち砕く残酷な一撃でもありました。
しかし、まさにこの極限の不完全さこそが、
彼をして人生の残り時間の中で安易な期待を捨てさせ、
強い意志で抗い続けさせたのです。
彼は、燃え尽きる寸前でなお、
光を放とうとするろうそくのように、
最後の光と熱を振り絞って自らを燃やし尽くしました。
それは自分を救うためではなく、
無数の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の
人生の道を照らすためであり、
彼らを縛る絶望の鎖を断ち切り、
そこに希望のわずかな光を見いだすためでした。
彼は妻とともに心血を注ぎ、
志を同じくする仲間たちを率いて、
一分一秒を争いながら時間と競い、
病と闘い続けてきました。
この歳月を越えた揺るぎない歩みは、
ついに2026年、希望という実を結びました。
彼のチームが開発した方法の支援によって、
多くの初期の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の病状が効果的に抑えられ、
さらには改善という奇跡さえも現れたのです。
29歳の一人の女性もその恩恵を受けた一人でした。
彼女の病状は見事に「食い止められ」、
次第に回復し、ついには再び立ち上がり、
支えを頼りに歩けるようになり、
再び平凡な日常を取り戻しました。
この奇跡は、蔡磊が命をかけ、
不屈に抗い続けたことによってもたらされたものであり、
この一筋の光は、絶望の中にある無数の家庭を照らしたのです。
おそらく、この人生の欠如は、
もともと彼が背負うべき使命だったのかもしれません。
「天がこの人に大いなる任務を与えようとする時、
まずその心を苦しめ、筋骨を疲れさせ、
身体を飢えさせ、困窮させ、その行いを乱すことで、
その心を奮い立たせ、性質を鍛え、
それまでできなかったことを成し遂げさせる。」
彼は、常人には想像もできない病の苦しみを背負いながらも、
自らの不幸に沈むことはなく、
むしろ個人の苦しみを打ち破る力へと変え、
人間への大いなる愛と命の救済へと向かい、
深く理解し、しなやかで強い生き方を体現しています。
今の彼は、身体の自由を失い、
激しい痛みに苦しみ、
命の火がいつ消えてもおかしくない状況にありながらも、
妻とともに常に公益の最前線に立ち続け、
多くの患者たちの命をつなぐ架け橋となり、
暗闇の中にいる人々が支え合いながら
生きる希望を見いだせるようにしているのです。

そもそも、人生の筋書きは決して
「完璧」で定義されるものではありません。
その価値は、すべてが順調で、欠如が一切ないことにあるのではなく、
人生の深さと広がりにあり、
泣いたこと、苦しんだこと、抗ったこと、守り抜いたこと
――そうした真実の体験の中にあります。
そして、不完全な中で、
私たちがいかにして
常人を超える人生の長さと広がりを生きることができるか にあるのです。
蔡磊の不完全さは、運命からの残酷な贈り物ではありましたが、
死へと向かいながらも生き抜こうとする抗いの中で、
その欠如を、心を揺さぶるような生命の大義へと昇華させました。
哲瀚(ジャーハン)の不完全さは、
成長の道における予測不能な試練ではありましたが、
それによって浮つきが削ぎ落とされ、
より強い自分へと深く積み重ねられていったのです。
これこそが、人生におけるもう一つの極致の「完璧」です
――欠如に縛られず、完璧に執着せず、
得ることと失うことの中で積み重ね、
抗いの中で成長し、
あらゆる不完全さを、自らを成し、他者を照らす力へと変えていくことなのです。
この世に、永遠に変わらぬ栄光はなく、
終わりのない順風満帆もありません。
一時の完璧の中には危機が潜んでいるかもしれず、
一時の欠如の中にはむしろ希望が育まれていることもあります。
不完全さを受け入れてこそ、
人生の真の意味を理解することができ、
自分自身の精彩と重みを持った人生を生きることができるのです。
こんなに、深い話が書かれていたとは…
なかなか和訳に着手できず… 紹介するのが遅くなってしまた申し訳なさを感じるほど…
すごいブログでした…
なんといっても、
あの事件の「業界の暗闇」に触れた話が出たのは本当に久しぶり。
彼が頭角を現したことで、
ある人々の利益に触れてしまい、
いわれのない妨害を招くことになり…
「ある人々の利益」って… (;´д`)トホホ
それに加えて…
私を驚かせたのは、
彼がかつて自分を傷つけた人々を恨むどころか、
むしろ私の胸を震わせ、
同時に深い安堵を覚えさせる言葉を口にしたことです。
「自分を打ち倒した人たちに感謝します。
今の自分をつくってくれたのですから」byハンハン
これに似た話を ハンハンが「自身のブログ」で書いたことがあるのだけど…
これは誰がみても 驚愕レベルです…😢
ママのこの日の投稿。本当にすごかったです…
※実は、今日もママブログの更新あり。今回は「漢詩」でした。
(ここにもハンハンの話が出てきます)
この後、別記事で投稿します(記事を分けたほうが 後々検索しやすいので(^-^;)
よかったらまた、後続記事も読んでみてください。
ここまでご覧くださりありがとうございましたww
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