昨晩、ハンハンが久しぶりに、深圳へ!
(SNSで空港の模様が出てきて びっくりしましたネ…😅)
加えて、今日は、月に1回配信されるニュースメールが到着!
張ママのブログの和訳もあり。もろもろまとめて ご紹介しますww
チャンジャーハン、北京から深圳へ! 空港での写真&動画まとめ
比較的頻繁に、北京と深圳を往復してるハンハンだけど…
先月は、新疆での長期ロケがあっただけに、今回の深圳は 久しぶりです♪
※深圳と往来したのは 直近では7月だったので…2か月ぶりかもww

で、今回ちょっと不思議(というか、驚いた)のは、写真の少なさ…。
前回まで、海哲空港隊と勝手に名付けてた(😅)アカウントから、投稿がでてこないんですよね…(;’∀’)



北京空港もそうだったのだけど (;・∀・)



深圳でも 写真は少な目… どうしたのかな…??
(上の白Tハンハンは、hanhanshopさんの写真なのだけど、いつものいばらの花さんや、105度さん、ノルマンディーの週末さんの写真が出てこないですwww)
チャンジャーハン、北京~深圳 主な動画まとめ
ということで 写真の少なさに比較すると 動画のほうは意外と投稿多し。
以下 YouTubeの海哲さんの投稿より。(いつもありがとうございます♡)
▶2026-10-10 北京✈️深圳
深圳着の様子↓
なんと ファンと会話してますよね Σ(゚∀゚ノ)ノキャー
(これは珍しいかもww)
とにもかくにも 無事深圳到着! 久しぶりにママと水いらずの休日(?)が過ごせるといいですネ♪
チャンジャーハン公式サイトからの「10月の月イチメール」到着
そして 今日届いた 公式サイトからのNEWSメール。
※月に1回、会員登録したファンに配信されるメールで、先月の活動報告や近況が書かれています。
ということで その最新版の内容がコチラ!
チャン・ジャーハン公式サイト NEWSメール 9月号「再出発」和訳


チャン・ジャーハン公式サイト 9月号
再出発 The Journey Continues(旅は続く)
親愛なる〇〇様
9月に撮影した新疆のドキュメンタリーは、
すでに映像の確認を始め、編集の準備に入っています。
楽しみ、楽しみ。
新疆から帰ってきた後に参加したテニス大会では、
どれも優勝できませんでした(悔しい😭)。
でも、10月には優勝しました😬
普段は、ワンちゃんたちと遊ぶことが増えました。
そうそう、あの日のライブ配信のとき、
アーカーが会社の床におしっこをしてしまいました😤
たぶん、パパとドア越しで会えなかったので、
すごく怒っていたのでしょう。
これから、もっと会える機会が増えることを願っています。
さらに素敵なコンテンツをお見逃しなく👉
チャン・ジャーハン公式サイト
www.zhangzhehan.net
ちなみに同時配信の英語も(こちらのほうが なぜか詳しい)

チャン・ジャーハン公式メール(英語版和訳)
9月に新疆で撮影したドキュメンタリーは、
すでに撮影映像の確認段階に入っていて、編集を始める準備を進めています!
すべてがどんなふうにまとまるのか、とても楽しみです!
新疆から帰ってきてから、いくつかのテニス大会に出場しましたが、
どの大会でも優勝できませんでした(本当に悔しい!😭)。
でも、なんと! 10月についに1つの大会で優勝しました!😬
最近は、ワンちゃんたちともたっぷり楽しい時間を過ごしています!
あ、それから、ちょっと面白い話があるんです。
この前のライブ配信を覚えていますか?
実は、アーカーが会社の床におしっこをしてしまったんです!😤
もしかしたら、ドア越しにパパの顔を見ることができなくて、
怒っていたのかもしれません。
ははは、なんていたずらっ子なんでしょう!
これからも、皆さんとお会いして、
素敵な時間を一緒に過ごせる機会がもっとたくさんあることを願っています!
さらに素敵なコンテンツをお見逃しなく👉
チャン・ジャーハン公式サイト
www.zhangzhehan.net
なんと… ライブ配信のときの話に「えええええ」。
(愛犬の話は 面白いエピソードが尽きませんネ(^▽^;)ww)

ところで この写真。ドゥピーの耳、どうしたんでしょう?? (;・∀・)

これ リボンよね? (まさかのケガ?と一瞬思ったんだけど…拡大したけどわからなかった…)
気になる… Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン
(この件、続報してほしいわ…)
チャンジャーハンのママがブログ更新!「コーラの5歳の誕生日によせて」
さて!最後は ハンハンママのブログを。
10月5日の、愛猫コーラの誕生日に更新された記事です。(遅くなりました(^-^;w)
※コーラへのママの思いと、途中でハンハンの話が少し出てきますよ😅
「尻尾は声なき言葉、毎年コーラと幸せに」— コーラの5歳の誕生日に寄せて(和訳)

「尻尾は声なき言葉、毎年コーラと幸せに」
—— コーラの5歳の誕生日に寄せて
あっという間に5年が経ちました。
今年の10月5日は、コーラの5歳の誕生日です。
私は2021年のクリスマスイブに、
コーラが初めて家にやってきたときの姿を、
永遠に忘れることはないでしょう。
あの頃のコーラは、ひと目見ただけで
驚くほど、繊細で美しい姿をしていました。
まだ生後2か月余りで、
小さな体はきめ細かく滑らかな毛に包まれ、
叔母さんの腕の中で丸くなっていました。
そこから小さく整った
愛らしい顔だけをのぞかせ、
澄みきった瞳で静かに私を見つめていました。
それまでの私は、
ペットを飼うことに強い抵抗があり、
家に子猫を迎えることなど
考えたこともありませんでした。
ところが、その一瞬の出会いが、
長年守り続けてきた私の考えを、
たちまち揺るがしたのです。
叔母さんが私に尋ねました。
「この子をうちに残しておく?」
私は心を動かされ、
思わず立て続けに答えました。
「うん!うん!うん!」
あのとき目が合った瞬間、
そして迷いなく答えた3回の返事は、
心の奥深くに刻まれています。
5年が過ぎた今も、
あの記憶は鮮やかで、はっきりと残っています。
あの頃、おどおどしていた幼い子猫は、
今では落ち着いた穏やかな中年の猫になりました。
私にとってコーラは、
決して単に飼っているペットではありません。
日々の暮らしに溶け込み、
朝も夜も寄り添いながら過ごす家族なのです。
一緒に過ごす時間が長くなるほど、
あらゆる生き物には心があり、
必ずしも言葉を必要としないのだと、
わかるようになりました。
小さく短い鳴き声は、
コーラがそっと語りかける声です。
そして、あのふさふさと柔らかな大きな尻尾こそ、
コーラが背中の後ろに隠し持っている、
最も豊かで、最も心を動かす、声なき言葉なのです。
尻尾を上げたり、下げたり、
かすかに震わせたり、揺らしたり。
その一つひとつの動きに、
そのときのコーラの気持ちが、いっぱいに表れています。
コーラが喜びでいっぱいのとき、
尻尾はまるで旗のように、高く誇らしげに立ち上がります。
それは、ここが完全に自分の居場所であり、
安心感と喜び、
安らぎに満ちた場所なのだと宣言しているのです。
ゆったりと落ち着いた足取りで
部屋のあちこちを歩き回り、
自分の小さな世界を誇らしげに見回る姿は、
実に自由で、自信に満ちています。
名前を呼んでも、
こちらに視線すら向けてくれないことがあります。
それでも、高く立てた尻尾が、
すでにすべてを語っているのです。
尻尾の先が上を向き、
小さな疑問符のように曲がっているときは、
好奇心が芽生えている証拠です。
そこには、親しみたいという
柔らかな気持ちも込められていて、
自分から人に近づき、
優しい触れ合いを期待しているのです。
尻尾の先がかすかに震えているときは、
きっと大好きな人に出会ったのでしょう。
隠しきれない喜びが、
その小さく震える尻尾の先に、すべて凝縮されています。
コーラは生まれつきのんびり屋です。
たいていの時間は、
まるで柔らかな猫の細長いおやつのように、
床に無造作に横向きになって寝そべっています。
何かを考え込んでいるようなときもあれば、
退屈そうに何も考えず、
ぼんやりしているときもあります。
私がそっと名前を呼んでも、
まぶたを上げることさえ面倒なのか、
ぴくりとも動かないことがよくあります。
そのさまざまな感情を、
すべて尻尾に託しているのです。
尻尾の先がほんの少し震えるだけなら、
それは軽くあしらっているということです。
「聞こえています。邪魔しないで。
静かにいさせてください」
尻尾で床を軽くたたき、
その動きがだんだん大きくなってくると、
それは不満が表れている証拠です。
「わかっています。
起き上がりたくありません。動きたくありません」
尻尾全体を素早く振り、
尻尾の毛がピンと張っているときは、
いら立っているという警告です。
このときは、近づいて邪魔をしないほうがよいのです。
一方、尻尾をゆっくりと優しく左右に動かしているときは、
最もリラックスして穏やかな時間です。
私がそばにいることを感じ取り、
その寄り添いを受け入れ、
静かで穏やかなひとときを、安心して楽しんでいるのです。
ときには、じっと立ち止まって
何かに集中し、
尻尾の先をかすかに動かすこともあります。
窓の外を飛ぶ鳥や、揺れ動く光と影、
あるいは手元のおもちゃに視線を釘付けにして、
息をひそめて集中し、そっと力を蓄えています。
そこには、今も失われていない
子どものような心が隠れていて、
いつでも勢いよく飛びかかって
遊べるように準備しているのです。
私がドアを開けて帰宅するたびに、
コーラはゆっくりと歩み寄ってきます。
頭を私の足にすり寄せ、
私の周りをぐるぐると回り、
ふさふさの尻尾で足の甲をそっとなでるのです。
これがコーラだけの、独特なお迎えの儀式です。
ほんの軽くひとなでするだけですが、
言葉がなくても、長い間待っていてくれた思いが、
そこにはいっぱいに込められています。
尻尾をゆったりと垂らし、
毛が自然に広がっているときは、
穏やかでくつろいでいる証拠です。
甘えるときには、
柔らかな尻尾を私の手や足にそっと巻きつけ、
信頼と愛着を余すところなく預けてくれます。
安心して眠り、休んでいるときには、
尻尾を体に巻きつけ、
自分のために柔らかな防壁を作り、
その静かな安らぎをひとりで楽しんでいます。
穏やかで従順な性格の奥には、
臆病で気の弱い一面も隠されています。
見知らぬ来客があると、
尻尾は突然垂れ下がり、お腹をぴったりと床につけ、
慌てて隠れられる場所を探します。
その目は恐怖でいっぱいです。
突然大きな音を聞いて驚いたときには、
尻尾の毛が一瞬で逆立って大きく膨らみ、
警戒心が最高潮に達します。
本能的に体を大きく見せて、自分の身を守ろうとするのです。
年に一度の健康診断で、
コーラの血中脂質が高めであることがわかりました。
もともと静かに過ごすことを好み、
体を動かすのが苦手な性格もあって、
体つきは日に日にふっくらとしてきました。
さらに、心臓には軽度の血液の逆流も見られます。
これもラグドールによく見られる生理的な特徴です。
※ラグドール:猫の品種の名称。中国語で布偶猫(ブーオウマオ)。
コーラの健康を守るため、
叔母さんはよく
コーラを抱き上げてランニングマシンに乗せ、
脂肪を減らすように促しています。
そんなとき、コーラは尻尾をぎゅっと股の間に挟み込み、
全身で嫌がっていることを表します。
体をこわばらせ、落ち着かない様子です。
後ろでは叔母さんが見張って
逃げ道をふさいでいるため、
コーラは仕方なく、嫌々ながら前へと足を踏み出します。
その一歩一歩で、
隙を見て逃げ出すことを考えているのです。
そこへ私まで正面に立って逃げ道を完全にふさいでしまうと、
この賢い小さな子は体をくるりとひねり、
左右の隙間を見つけて、そこからすり抜けようとします。
数歩も走らないうちに、
あの手この手で立ち止まり、逃げ出そうとするのです。
そのずる賢い姿には、
腹立たしさを感じながらも、愛おしくてたまらなくなります。
かつて、ひと目で私を魅了したあの小さな毛玉も、
こうして朝も夜も共に過ごすうちに
幼さが抜け、中年ならではの落ち着きを
身につけていきました。
コーラの性格は、独立心が強く、
それでいて柔らかさも持ち合わせています。
多くの場合、コーラが私に依存しているというより、
むしろ私のほうがコーラを必要としているのです。
息子が以前、冗談めかして、
私のコーラへの愛情は「強制的な愛」だと言ったことがあります。
私自身の主観的な感覚としては、
私はコーラが嗅覚で感じ取れる範囲から離れることができず、
コーラもまた、
私の匂いを感じられなくなると、不安で落ち着かなくなるのです。
コーラは言葉を話せませんが、
自分なりの表現方法を持っていて、
私は少しずつ、その感情を読み取れるようになりました。
コーラは自分の自由な小さな世界を守りながらも、
心の中では私のことを気にかけています。
いつも私のほうを見ている必要はありませんが、
私の匂いはしっかりと覚えていて、
いったんその匂いを感じられなくなると、慌てて不安になるのです。
匂いによって結ばれたこの絆は、
静かで言葉もありませんが、強く、長く続いています。
朝も夜も、途切れることなく続いてきたのです。
外出から戻って家のドアを開けるたびに、
いつもコーラがドアのそばで静かに待っている姿に出会います。
私の姿を見た瞬間、
コーラはゆっくりと歩み寄り、柔らかな頭を何度も私のズボンの裾にすり寄せます。
勢いよく飛びついてくることも、
騒がしく甘えることもありません。
ただ、こうして穏やかに、優しく近づいてくるだけです。
その仕草が、静かに待ち続けていたことを、
言葉もなく物語っているのです。
朝は、私たちだけの優しい儀式の時間です。
寝室のドアを開けると、
コーラが入り口で静かに伏せている姿をよく見かけます。
ドアが開くと、コーラは小走りで数歩進み、
ぴょんとベッドに飛び乗ります。
そして仰向けに寝転がり、
柔らかなお腹をためらいなく見せて、私に撫でてほしいと誘うのです。
私が温かくふわふわしたお腹をそっと撫でると、
コーラは長く続く、心を癒やしてくれるようなゴロゴロという音を立てます。
胸をかすかに震わせ、
尻尾をゆっくりと揺らしながら、
朝のこの優しいひとときに浸っているのです。
たまにドアの前で待っていないこともありますが、
私が部屋から出てくるのを見ると、小走りで先導してくれます。
何度も振り返って私の様子を確かめながら、
ベッドのそばまで連れていき、
私たちだけのこの幸せな時間を、もう一度味わおうとするのです。
来る日も来る日も、言葉は必要ありません。
静かなときも、動いているときも、
私たちは互いの気持ちを理解し合い、
言葉のいらないこの暗黙の了解を守り続けています。
愛情が深まるにつれて、呼び名も増えていきました。
正式な名前はコーラですが、
普段は「コーバオ」「ルールー」「ルーバオ」
「ラオルー」「ルーザイザイ」と呼んでいます。
ときには何気なく「シャオチョウチョウ」
「バオベイ」「シンガン」と呼ぶこともあります。
🌟可宝(コーバオ)
乐乐(ルールー)
乐宝(ルーバオ)
老乐(ラオルー)
乐崽崽(ルーザイザイ)
小臭臭(シャオチョウチョウ)
宝贝(バオベイ)
心肝(シンガン)
猫の年齢で考えると、
5歳のコーラは人間の35歳くらいに相当し、すでに猫生の中年期に入っています。
歳月の痕跡は、
コーラの毛並みにも、ひっそりと現れています。
幼い頃は、全身の毛が雲の綿毛のようにきめ細かく、
柔らかく滑らかでした。
ところが今では、
背中の毛はかつての柔らかさや滑らかさを失い、
少しごわつき、ぱさつくようになりました。
生活のリズムも、知らず知らずのうちに変わってきました。
以前のように一日中ぐっすり眠ることはなくなり、
午後になるとよく起き上がって歩き回ります。
窓の外の景色を静かに眺めたり、
家の中の日常の様子を見渡したりしながら、ゆったりと気ままに過ごしています。
ルースーはよく冗談を言って、
コーラを「中年のおじさん」と呼んでいます。
※ルースー:乐丝=初登場の人物。
後ろの文章から推察すると、コーラを譲って(?)くれた方かもしれません。
ペットの年齢を大まかに換算すると、
猫の1年は人間の約7年に相当します。
ペットの一生は、もともと短いものです。
そのことを思うたびに、
心の中にはいつも、かすかな寂しさが広がります。
私はわざわざ叔母さんに頼んで、コーラの家族のことを調べてもらいました。
幸いなことに、コーラの母親と母方のおばあちゃんは、
今も健在で健康に暮らしており、
長寿につながる良い遺伝子を持っているようです。
これは私にとって、何よりも大きな慰めとなりました。
数日前、ルースーが
コーラの誕生日写真を撮影するために、
わざわざ深圳までやって来ました。
外出中、偶然何匹かの小型犬に出会いました。
普段はおとなしいコーラですが、
その瞬間、闘争心が一気に燃え上がりました。
まっすぐにベビーカーから飛び降り、
前に出て、激しく低い声でうなりながら威嚇したのです。
全身から鋭い気迫を放ち、凛々しい勢いに満ちていました。
私も以前、コーラを母親や母方のおばあちゃん、
妹と再会させたいと考えたことがありました。
しかし、コーラが
妹を攻撃するのではないかという心配もありました。
過去にすでに、そのような前例があったからです。
何度も考えた末、
結局、その計画は諦めるしかありませんでした。
私は、こうした日々のささやかな出来事の一つひとつを通して、
コーラの喜びや怒り、悲しみや楽しさ、
のんびりした性格や臆病な一面を理解するようになりました。
コーラは言葉を話すことができません。
それでも、尻尾の先の震えや、足取りの軽さや重さ、
寝そべる姿勢を通して、
心の内をすべてさらけ出してくれるのです。
人生を歩んでいれば、どうしても解消できない悩みや、
飲み込むことのできない悔しさがあります。
世の中は煩わしいことに満ち、
人の心は疲れ果ててしまいます。
けれど、私がどれほど思いどおりにならないことに遭遇しても、
ふと顔を上げて、
安らかに休んでいるコーラの姿を見ると、
心の中にたまったわだかまりが、ゆっくりとほどけていくのです。
私はよく、コーラのそばに静かに寄り添い、
小さな猫に向かって、心の奥にある思いをそっと語りかけます。
暮らしの中で感じた悲しみや喜びを、
一つひとつ話して聞かせるのです。
コーラが本当に理解しているのかどうか、
確かめようとはしません。
ただ、自分の思うままに優しく語りかけ、
コーラはすべてわかってくれているのだと、喜んで信じているのです。
コーラは、とうの昔に単なる一匹の猫ではなくなりました。
長い歳月の中で、私の心を最も優しく支えてくれる、
精神的なよりどころなのです。
世の中がどれほど騒がしく、浮き沈みが激しくても、
コーラがそばで安らかに横たわっているだけで、
私の心には穏やかな場所が生まれます。
そこでは、全身の疲れを下ろし、
あらゆる不安や悩みを和らげることができるのです。
この慈しみと特別な愛情は、
朝から晩までの日々に深く染み込み、すでに本能となっています。
ときどき、小動物が傷つけられるニュースや動画を目にすると、
胸が突然ぎゅっと締めつけられ、
悲しさとつらさでいっぱいになります。
そんなとき、私はいつも真っ先にコーラのもとへ駆け寄り、
ぎゅっと胸に抱きしめます。
そして、コーラの耳元で小さくつぶやくのです。
「誰かが私のコーラを傷つけようとするなら、
私はその人と命がけで闘います」
周りの人は、こうした行動を
一方的な思い入れだと感じるかもしれません。
けれど、私にははっきりとわかっています。
あの瞬間、安心感を必要としているのはコーラではなく、
慰めを必要としている私なのです。
私から離れられないのはコーラではなく、
コーラから離れられないのは私のほうなのです。
温かく柔らかなコーラの体を抱きしめ、
穏やかで優しい呼吸を感じていると、
心の中で激しく渦巻いていた動揺が、ようやく少しずつ静まっていきます。
そうだったのです。
コーラを抱きしめるたびに、
私は自分自身をも抱きしめ、自分自身を癒やしていたのです。
コーラがそばにいてくれることで、私には喜びと優しさが一つ増えます。
コーラを抱きしめることで、安心感と温もりを得られます。
状況が許す限り、私はいつもコーラをそばに連れていたいと思っています。
コーラは言葉を話せず、
人間の世界の悲しみや喜びを口にすることもできません。
ただ一本の声なき尻尾に、
5年間、朝も夜も共に過ごしてきた日々を託し、
喜びも、疲れも、気にかける思いも、
すべてそこに秘めているのです。
5年という歳月は、長くも短くもありません。
それでも、この小さな猫が
私と共に幾度もの春と秋を過ごし、
人の世の数えきれないほどの煩わしい出来事を和らげ、
あらゆる悩みや苦しみを癒やしてくれるには、十分な時間でした。
来る年も来る年も、朝も夜も。
尻尾が語る言葉には、声がありません。
ただ願うのは、私のコーラが、
毎年穏やかに、健康で心配事もなく、
喜びと幸せが長く続き、
いつまでも私のそばにいてくれることです。
ママにとって、コーラがただの猫ではない話。
これまでもママ自身が、何度も書いてきた話だけれど、
やっぱり、コーラが家にやって来た時の話は…当時のことを思い出して胸が痛みますネ…。
※813事件があった2021年の12月、心も体も不調をきたしたママの元にやってきたのがコーラ。
おばさんが、コーラを抱えてきて「いる?」って聞いた話は、海哲の間で有名です。
あと ハンハンのちらっと話^_^;
息子が以前、冗談めかして、
私のコーラへの愛情は「強制的な愛」だと言ったことがあります。
その場の情景が目に浮かぶようでしたwww
今日は深圳で コーラと再会してるかも 笑。
(いろいろ妄想しちゃう ブログでしたww<(_ _)>)
ではでは今日はこのへんで。ここまでご覧下さりありがとうございました(〃▽〃)ポッ
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