今日から、8月! 公式サイトの伝言板(メッセージボード)の更新あり。
加えて、明日発売のL’OFFICIEL HOMMES。
「販売部数の目標達成ごとに出現する特典」も判明しました♡
チャンジャーハン公式サイト「8月の伝言板」「カレンダー」更新!
ではではさっそく。
まずは 毎月、公式サイトに登場する「ハンハンのメッセージボード」。
8月の伝言板の「メッセージ」を和訳でご紹介しますネ。
公式サイト発!8月のメッセージボード 内容和訳


8月メッセージボード
もうあっという間に8月ですね。
暑い日が続いているので、暑さ対策をしっかりしてください。
室内でテニスをするのはまだ大丈夫ですが、屋外は本当に大変です!
皆さんは暑さをしのぐちょっとしたコツはありますか?
もうすぐ皆さんに会えると思うと、
とてもワクワクしています~。月末に会いましょう~
皆さん、引き続き質問やメッセージを残してくださいね~
メッセージの形式:
Q:+あなたの質問
S:+あなたのエピソード(ストーリー)
8/29のファンミ♪ 楽しみですネww
公式サイトの8月のカレンダーに「雑誌の発売日&ファンミ開催日」追加
そして 8月のカレンダー。予定が2つ はいりました(〃▽〃)ポッ

8月2日 L’OFFICIEL HOMMES、8/2発売
8月29日 チャンジャーハン2026ファンミーティングinベトナム
公式サイト トップページ リンク先はこちら
チャンジャーハン表紙の「L’OFFICIEL HOMMES」販売部数特典の公約
そして こちらは 明日発売の「L’OFFICIEL HOMMES」。
販売部数ごとの 特典発表がありましたwww
L’OFFICIEL HOMMES 販売部数ごとの特典 内容詳細

雑誌ダブルカバー企画では、
同時に3つの特典と段階別のアンロック目標を設定:
今回の雑誌を購入すると、抽選に参加する資格を得られます。
販売数2万冊達成:
第1回抽選を実施し、アーティスト直筆サイン入りポラロイド4枚をプレゼント。
販売数4万冊達成:
第2回抽選を実施し、さらにアーティスト直筆サイン入りポラロイド4枚を追加。合計8枚。
販売数7万冊達成:
撮影ビハインドを解禁し、同時にシンガポールの屋外大型ビジョンでも公開。
購入完了後、公式サイト(zhangzhehan.net)で抽選に参加してください。
実施ルールについては、公式サイトの規定に準じます。
前回のマリクレールが、約5万部で「世界3都市でのデジタル広告」だったので
7万部は さらにハードルが上がるわけだけど、これはふたを開けて見ないとわからないですネ😅
※販売サイトは 上で紹介してる「原文サイト」にあります。
今日現在 まだ 雑誌の販売価格が表示されていません。
※サイトの運営主は、香港の会社ですが、購入にあたっての注意事項などがサイトの備考欄などに記載されているので、購入希望の方は、確認してください。
張ママがブログ更新!『沁園春・雪』を再び味わう
最後はママブログの最新版を。昨日19時に更新された 最新版。
今回 正直 かなり難解なのだけど よかったら読んでみてください😅
ママブログ7/31投稿「雪は千秋の山河に降り、詞は今朝の風流を輝かす
――『沁園春・雪』を再び味わう」全文和訳

雪は千秋の山河に降り、詞は今朝の風流を輝かす
――『沁園春・雪』を再び味わう
ある夜、夢を見ました。
夢の中では、
空いっぱいに雪が舞っていました。
天地は一面、
真っ白で果てしなく広がり、
私は厚い服を身にまとい、
雪を踏みしめながら
ゆっくりと歩いていました。
そして知らず知らずのうちに、
万里の長城へと登っていました。
はるか遠くまで見渡すと、
万里にわたる山河は氷に閉ざされ、
雪に覆われ、
果てしなく壮大な景色が広がっていました。
その瞬間、胸の奥から豪壮な思いが湧き上がり、
とうの昔から心に刻み込まれていた
あの『沁園春・雪』が、自然と口をついて出てきました。
※『沁園春・雪(しんえんしゅん・せつ)』は、毛沢東が詠んだ非常に有名な詞(中国の伝統的な韻文)。
1936年、毛沢東が陝西省北部にいた時期に作った作品で、前半では雪に覆われた中国の雄大な山河を描き、後半では秦の始皇帝、漢の武帝、唐の太宗、宋の太祖、チンギス・ハンといった歴史上の英雄たちを振り返ります。AI情報より和訳
私は長城の上に立ち、
風を受けながら声高らかに朗誦しました。
一字一句は力強く響き、
心は激しく揺さぶられ、
胸いっぱいの敬意が絶え間なく込み上げてきました。
そして、これほど熱く
心を重ね合わせているさなかに、
ふと夢から目を覚ましたのです。
この純粋で壮大な雪の夢は、
私に偉人が残した千古の名篇を
もう一度味わわせてくれました。
そして、この詞に描かれた山河の情景、
歴史を見渡す大きな視野、
そして高遠な思いについて、
これまで以上に真に迫った、
より深い実感を抱かせてくれました。
私は長年、温暖で潤いのある南方に暮らしています
(南方の大きなジャガイモです※)。
🌟「南方小土豆(南方の小さなジャガイモ)」という中国のネット流行語をもじった表現。もともと、雪に慣れていない中国南部の人たちが冬の東北地方へ旅行する際、厚着して丸々とした姿になることなどから、親しみを込めて「南方小土豆」と呼ばれるようになったそう。ママは、それをあえて 「小土豆」ではなく「大土豆」 と言って、ユーモアあふれる表現をしています。
外へ出かけなければ、
大雪が舞い散る光景を見ることはできません。
このように天地すべてが真っ白になる
壮大な雪景色は、私にとって格別に得難いものです。
前に盛大に降りしきる雪と出会ったのは、
1年半前のヨーロッパ旅行でした。
その時、息子が監督したドキュメンタリー映画『8月』が、
アムステルダム国際映画祭で
最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。
息子はわざわざ私を遠い異国まで連れて行き、
自らレッドカーペットを歩き、
大きな賞を受け取る栄誉の瞬間を、
私自身の目で見届けさせてくれました。
それは、彼が掲げていた
「山河をくまなく巡り、母の足跡を残し、
自らの栄光で母の残りの人生を温める」
という初心の約束を果たすものでした。
この旅で私たちは、
オランダ、ドイツ、チェコ、ウィーン、ハンガリーなど、
いくつもの国々を巡りました。
その途中、偶然にも
盛大に降りしきる雪に出会いました。
天地は真っ白に染まり、
玉のように美しい雪をまとった枝々が一面に広がり、
雪や氷にめったに出会うことのない私は、
喜びで胸がいっぱいになりました。
けれども、じっくりと味わってみれば分かります。
異国の雪景色がどれほど美しくても、
そこにはやはり、
中華の山河だけが持つ重厚な奥深さと、
風格や気韻が欠けています。
そして今回の雪の夢で、
私は万里の長城の上に立ち、
雪原のただ中に身を置き、
再び『沁園春・雪』を味わって、
初めてこの詞の比類なき風格と美しさを
本当の意味で理解しました。
偉人の筆によって描かれた北国の風雪だけが、
天地の広大さ、山河の気魄、
そして古今を見渡す思索を兼ね備えています。
その構想と視野は壮大で広く深く、
古今を通じて二つとありません。
私はずっと、心から毛沢東を敬愛しています。
彼の並外れた才情、天地をも包み込む度量、
千年の歴史を俯瞰する眼識は、
この世の誰にも及ぶものではありません。
毛沢東の数多くの詩詞作品の中でも、
『沁園春・雪』は、
まぎれもなく最高峰の作品であり、千古に残る絶唱です。
詞全体の筆致は簡潔に研ぎ澄まされ、
一字一字に千鈞の重みがあります。
一字一句のすべてに山河の気魄が宿り、
国と故郷を思う大きな心が
余すところなく込められています。
詞の前半ではひたすら景色を描き、
北国の千里が氷に閉ざされ、
万里に雪が舞う壮大な景観を細やかに描き出しています。
そして、中華の山河の雄大さと壮麗さを
余すところなく広げ、
景色によって志を引き立て、
その意境は広々としています。
後半では、千年にわたる盛衰を見渡し、
古今の英雄たちを論評し、歴代王朝の移り変わりを振り返ったのち、
最後には現在へと目を向け、
自らの胸中を率直に表しています。
その言葉は力強く響き、まっすぐに人の心を打ちます。
この詞全体には、
華麗な美辞麗句を積み重ねる必要もなければ、
意図的に感情を煽ったり、
言葉を飾り立てたりする必要もありません。
ただ最も素朴で偽りのない筆致によって、
山河の広大さ、歴史の重厚さ、
構想と視野の壮大さを余すところなく描き切り、
偉人が古今を超越して見渡す
眼識と度量を存分に示しています。
詞の冒頭の「北国風光,千里冰封,万里雪飘」
(北国の風景、千里は氷に閉ざされ、万里に雪が舞う)
は、いきなり大きく筆を起こし、
壮大な気勢に満ちています。
ひとたび読めば、
たちまち心が広々と開かれるようです。
わずか十二文字で、
細々とした狭い視野から一気に抜け出し、
北国の冬が持つ雄大な全貌を
余すところなく広げています。
大地が氷に閉ざされ静まり返る姿は、
山河が千年の時を積み重ねてきた沈着で
落ち着いた姿です。
一方、広い空に舞い飛ぶ雪は、
天地が思うままに広がる、
果てしなく広大な風情です。
一方は静、一方は動。
天地が互いに映し合い、
極めて簡潔な言葉によって、
この上なく壮大な「北国の雪景色」を描き出しています。
細かな景物の一つひとつを描き込む必要はなく、
ただ万里にわたる「中華の大地」を俯瞰する
壮大な視点によって、
さまざまな気韻に満ちた、
山河と風雪の長大な絵巻を広げています。
その文字の一つひとつの間には、
おのずから浩然の気(雄大で正々堂々とした気概)
が満ちています。
一つの「望(眺める)」という字が、
作品全体の景色を統べ、
視線を万里にわたる
中華の大地へと引き伸ばします。
長城は中華民族の精神的な背骨であり、
黄河は神州の大地を流れる生命の血脈です。
空いっぱいに舞う雪が四方の大地を覆い、
長城の内外は果てしなく広く、
どこまでも茫々としています。
かつて激しく流れ、
轟音を響かせていた黄河も、
この時はすべて氷に閉ざされて静まり、
かつての滔々たる波のうねりは見られません。
「惟余莽莽(ただ茫々たるものだけが残る)」
は、世の中の繁雑で細々としたものをすべて洗い流し、
ただ天地本来の広大でおおらかな姿だけを残します。
「顿失滔滔(たちまち滔々たる流れを失う)」
は、河川が激しく流れる勢いをその瞬間にとどめ、
そこから千年の山河が持つ重厚さと
落ち着きを浮かび上がらせています。
偉人が雪を描く時、
それは決して単に自然の風景を描写するためではありません。
北国の果てしなく広がる壮大な景色を借りて、
中華の山河だけが持つ、雄渾(=力強く、雄大で、勢いがあること)で
奥深い基盤を高く掲げています。
その眼差しは四海のすべてに及び、
その度量は天地を包み込むほどです。
「山舞银蛇,原驰蜡象,欲与天公试比高」
(山々は銀の蛇のように舞い、
高原は白い象が駆けるかのようで、天と高さを競おうとしている)
これは、この詞の風景描写の中でも
最も躍動感があり、
生き生きと情景を伝え、
最も気骨に満ちた、神がかった一筆です。
真っ白な雪が、
連なる山々と広大な高原を一面に覆い、
曲がりくねる山並みは
銀の蛇が空を舞うようで、
起伏する原野は白い象が疾走するかのようです。
普段なら、
冬の物寂しさと冷ややかさに包まれる山河が、
偉人の筆にかかると、
たちまち生き生きと力強く立ち上がり、
生命力にあふれた姿となります。
一つの「舞」と、一つの「驰(駆ける)」。
そこには力がみなぎり、
実に多彩で壮大な景象が広がります。
それによって厳冬の静けさと物寂しさが打ち破られ、
静まり返っていた山河が、
みずみずしい生命力を放つようになります。
そして、「欲与天公试比高(天と高さを競おうとしている)」
という一句が、
詞全体の意境を一気に高みへと引き上げています。
そこには、山河が高くそびえ立つ
雄大な姿が描かれているだけでなく、
平凡に甘んじることなく、
勇敢に高みを目指し、
あえて天地と覇を競おうとする壮大な志と誇り高い気骨が、
鮮やかに示されています。
山河の気韻と偉人の胸襟が完全に一つに溶け合い、
読む者の胸を激しく高鳴らせ、
深い衝撃を与えずにはいません。
上闋(詩の前半)の結び、
「须晴日,看红装素裹,分外妖娆」
(晴れた日を待ち、赤く装い白く包まれた姿を見れば、ひときわ美しく艶やかである)
では、筆致が一転して穏やかでゆるやかなものとなり、
意境が幾重にも深まっていきます。
空いっぱいに風雪が舞うのは、
ほんの一時の景色にすぎません。
やがて雲も霧も晴れ、
明るい陽光があまねく照らす時が訪れます。
真っ白な雪は山河に清楚な白い衣をまとわせ、
明るく輝く赤い太陽は
天地を鮮やかな霞の光で染め上げます。
白の清らかさと赤の華やかさが交わり、
冷たさと暖かさが溶け合うことで、
雄大で壮麗な北国の山河に、
いくらかの柔らかで生き生きとした趣が加わります。
この一句は、一見すると
晴れた日の雪景色の美しさを描いているようですが、
実際には、物事を明晰に見通すおおらかな心境と、
遠く先まで見据える眼差しが込められています。
世の中の風雨や苦境はすべて
一時的なものであり、
暗雲はいずれ消え去り、光は必ず訪れる――。
その字句の間には、
落ち着きと確信に満ち、
光のある方へ向かって生きていくという
人生への信念があふれています。
上闋(詩の前半)では、景色を通して思いを表し、
北国の山河が持つ雄大で力強い景象を余すところなく描いています。
一方、下闋では、歴史を借りて志を語り、
千年の歳月における世の移り変わりと盛衰を広く見渡しています。
「江山如此多娇,引无数英雄竞折腰」
(山河はこれほどまでに美しく、
数えきれないほどの英雄たちを惹きつけ、競って心を傾けさせてきた)
この一句は前を受けて後へとつなぎ、その流れは自然です。
これほど壮麗で美しい中華の山河は、千百年にわたり、
数えきれないほどの仁人志士たちの真心からの初心を揺り動かし、
幾世代もの英雄豪傑たちを、
そのために身を投じさせ、そのために守り続けさせ、
そのために尽くさせてきました。
心から発せられたこの一句の感嘆によって、
自然の山河の美しさは、
重厚で深い家国への思いへと昇華され、
文章の視点も自然の風景から、
千年にわたる歴史の大河へと穏やかに移っていきます。
下闋(後半)における歴史論の核心は、
じっくりと味わうに値する
一つの「惜(惜しむ)」という字に込められています。
秦の始皇帝は天下を統一して中華の版図の礎を築き、
漢の武帝は領土を切り拓いて拡大し、
中華の威名を高めました。
唐の太宗は「貞観の治」という盛世を切り開き、
天下の民を安んじ、
宋の太祖は乱世の争いを終わらせ、
山河の基盤を固めました。
いずれも歴史に赫々たる名を残す古今の帝王であり、
彼らが成し遂げた功績は、
一時は古今を震撼させ、輝きを放つほどのものでした。
しかし偉人は、
「略输文采(いささか文才に欠ける)」
「稍逊风骚(やや文雅の才に劣る)」
と、淡々と筆を下ろします。
それはまさに急所を突くように、
歴代の封建帝王が本質的に抱えていた限界を、
的確に指摘しています。
彼らの多くは武力によって天下を平定し、
権謀術数によって国を治めました。
国を興し、世を栄えさせた
卓越した功績はあったものの、
広くすべての民に恩恵をもたらす大きな度量と、
長期にわたって安定した世を築くための
壮大な視野に欠けており、
結局のところ、
時代と階級という束縛から
抜け出すことはできませんでした。
「一代天骄,成吉思汗,只识弯弓射大雕」
(一代の天の寵児、チンギス・ハンも、
ただ弓を引いて大鷲を射ることを知るのみ)
という一句には、
偉人が千古の歴史を俯瞰し、世俗を超然と見渡す、
その大いなる気魄がいっそう鮮明に表れています。
チンギス・ハンの騎馬軍団は
ユーラシア大陸を縦横に駆け巡り、
その威名は天下を震撼させました。
世の人々は皆、彼を比類なき「天驕」、
千古の英雄として仰いでいます。
しかし偉人の筆のもとでは、
古今を震撼させるほどのこの覇業も、
結局のところ、勇猛な武力による征伐にとどまります。
彼には領土を切り拓き
拡大する壮大な気魄はあっても、
国を治めて安定させ、
広く民を思いやる知恵と責任感はありませんでした。
この評価は、重大なことを、
いとも軽やかに扱うように語られています。
彼の歴史的功績を
否定することはありませんが、
その一方で、
封建帝王が抱えていた
根本的な弱点を率直に突いています。
たとえ天下に覇を唱え、
その威勢が四海を震わせたとしても、
彼らが考え、行ったことはすべて王朝の私的利益と、
一代限りの覇業のためのものでした。
決して万民の幸福を根本に据え、
山河が永く続くことを初心としたものではなく、
その視野と度量は結局のところ、狭く限られたものでした。
詞全体の中で最も人を震撼させ、
世を圧するほどの気魄を備えた結びが、
「俱往矣,数风流人物,还看今朝」
(すべては過ぎ去った。
傑出した人物を数えるなら、やはり今の時代を見よ)
です。
「俱往矣(すべては過ぎ去った)」
という三文字は、きっぱりとして迷いがなく、
千年の歴史を一気に払い去るかのようです。
千年にわたる封建王朝の盛衰と交代、
歴代帝王たちの世に並ぶもののない功業を、
ことごとく過ぎ去った雲煙としてしまいます。
世の人々から代々崇められてきた千古の英雄も、
不朽の覇業も、滔々と流れる時代の大河の中に置けば、
ほんの一瞬で過ぎ去る序章にすぎません。
歴史の桎梏から抜け出し、
千古の風雲を同じ目線で眺める、
この落ち着きと自信は、ただ偉人だけが持つものです。
「数风流人物,还看今朝」
(傑出した人物を数えるなら、やはり今の時代を見よ)
これは、この詞全体の精神的な核心であり、
さらに、歳月を貫いて人々の心を奮い立たせる、
時代への宣言でもあります。
偉人の筆に描かれる「風流人物」とは、
決して権力や利益を争う帝王や将軍たちではなく、
また武力を頼みに力を誇示する乱世の豪傑でもありません。
国と故郷を心に抱き、広く民を思い、
果敢に挑戦して行動し、
勇気をもって革新に取り組み、
今という時代に立って未来を切り拓いていく、
時代のために奮闘する人々なのです。
この一句は、昔を重んじて
今を軽んじるという世の人々の固定観念を
完全に打ち破り、
伝統的な歴史観における狭い認識を覆しました。
過去の英雄たちの覇業は、
すでに幕を閉じています。
本当に時代の使命を担い、
美しい山河を守り、
多くの民に幸福をもたらすのは、
いつの時代も、
今この時を地に足をつけて生き、
勇敢に前へ進んでいる現代の人々なのです。
今、改めてこの名作を味わい、
あの真に迫った雪の夢を振り返って、
私はようやく、この作品が百年の時を超え、
長く色あせることのない、
その核心にある力を完全に理解しました。
古今を通じて、
雪を詠んだ詩は数えきれないほどあります。
しかし、その多くは個人の閑雅な心情や
小さな山水の景色にとらわれ、
自分一人の喜びや悲しみ、
狭い範囲の心境を詠んだものであり、
その視野はどうしても限られたものになりがちです。
ただ『沁園春・雪』だけは、
風雪を借りて山河の気概を描き、
歴史を借りて時代の初心を映し出し、
筆と言葉を借りて国と故郷への責任を表しています。
景色を描けば、
そこには多彩で壮大な景象が広がり、
果てしないほどの広大さがあります。
歴史を論じれば、冷静で物事を明晰に見通し、
千古の歴史を同じ目線で見渡します。
そして志を語れば、今という時代に立ち、
新たな道のりへと向かっていきます。
偉人の言葉には、
自分一人の私的な感情が込められることはありません。
その胸に常に収められているのは、
万里の山河、天下の民、そして時代のはるかな未来です。
一場の雪の夢と、一闋の雄大な詞。
それによって私は百年の時を超え、
偉人の胸襟と思いに深く共鳴しました。
山河は歳月を重ねても変わらず青々とあり続け、
古今の帝王たちが残した輝かしい功業も、
やがては歳月によって少しずつ薄れていきます。
ただ、中華民族が絶えず自らを強くし続ける気骨と、
天下を心に抱く家国への思いだけは、
世代から世代へと受け継がれ、
絶えることなく生き続けていきます。
風雪はいずれ消え、時は流れていきます。
しかし、『沁園春・雪』の壮大な気魄と高遠な視野は、永遠に輝き続けます。
「数风流人物,还看今朝」
(傑出した人物を数えるなら、やはり今の時代を見よ)
この千古の絶唱は、常に私たちを戒め、奮い立たせています。
美しい山河の期待に背くことなく、
新たな時代の期待に背くことなく、
今を生きる私たちの努力と奮闘によって、
中華の絶えることのない生命力に満ちた、
新たな輝かしい一章を書き継いでいきましょう。
ハンハンとヨーロッパを巡った話がちらっと出てきたけど…
今回のは ほんとに難解でしたネ…(^_^;)
(毛沢東の文章を知ってる人が読むとまた違うと思うのだけど…難しすぎて頭から煙が出ました…(;^ω^))
ではでは今日はこのへんで。ここまでご覧くださりありがとうございましたww
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