ハンハンの自主制作ドラマ…いろいろと苦難に直面しているようです…😢
ハンハンママが今日19時に更新した、最新ブログを全文和訳で紹介します。
張ママブログ更新「允许脆弱,但永不停下前行的脚步」全文和訳
読み込んでいくと いろいろ心配せずにいられない内容なのだけど…TT
とにかく まずは全文 和訳でご紹介します。
弱さを認めても、前へ進む歩みだけは決して止めないで

弱さを認めても、前へ進む歩みだけは決して止めないで
2026年7月3日19時更新
モーパッサンは『一生』の中で、こんな一節を書いています。
「人の弱さも強さも、自分自身の想像をはるかに超えている。
時には、たった一言で涙があふれてしまうほど弱くなることもある。
しかし時には、歯を食いしばりながら、
こんなにも長い道のりを歩いてきた自分に気づくこともある」
人は生きている限り、悲しみも喜びも、
苦しみも行き詰まりも、すべてが日常の一部です。
私たちは、自分に「いつでも強くあれ」
「決して涙を見せるな」と無理をさせる必要はありません。
心の奥にある弱さや迷い、
疲れもまた、そのまま受け入れるに値するものです。
しかし、その弱さを受け入れることは、
決してその場に立ち止まることと同じではありません。
息子のあのライブ配信を見終えたあと、
この名言が私の心の中で何度も何度も繰り返し響きました。
胸の奥には、抜こうとしても抜けない細い棘が刺さっているようで、
その痛みは長く尾を引き、
言いようのない切なさが胸いっぱいに広がっていました。
カメラの前で、彼は長年無理をして身につけてきた鎧を脱ぎ捨て、
胸の内に長い間積もっていた迷いを率直に打ち明けました。
何十年もの間、ひたすら努力を重ね、
風雨の中を休むことなく懸命に走り続けてきたにもかかわらず、
前へ進むべき道はいつまでもはっきり見えません。
長い年月をかけて努力を積み重ねても、
期待していた成果にはなかなか届かず、
まるで同じ場所をぐるぐる回り続けているようでした。
無力感、落胆、失望が幾重にも重なり、
心の奥底にある沈んだ気持ちを隠しきれない様子でした。
私は、息子が本来どんな人間なのかを、誰よりもよく知っています。
あの時、空一面を覆い尽くすような根拠のない非難と、
四方八方から押し寄せる重圧が激しく襲いかかり、
彼は人生で最も深いどん底へと突き落とされました。
数え切れないほどの非難と、
あらゆる方面からの重圧に包囲されながらも、
彼は生活への希望や未来への期待を、決して完全に失うことはありませんでした。
ニーチェはこう言っています。
「私を殺せないものは、いずれ私をさらに強くする」
彼は、この信念を支えに、あの最も苦しかった世論の嵐を耐え抜きました。
今回彼が見せた落ち込みは、決して一時的に感情があふれ出たものではありません。
それは、さまざまな現実のしがらみ、精神的な共鳴、
そして家族への情愛という絆が幾重にも重なり、
長い時間をかけて積み重なってできた心のわだかまりです。
その中には、心の奥深くに根を下ろした三つの苦しみが隠されており、
その一つ一つが、彼の繊細で物事を深く見通す魂を真っすぐに突き刺しているのです。
彼の心に重くのしかかっている苦しみの第一層は、
彼が私に読むよう勧めてくれた『咸的玩笑(塩辛い冗談)』という本に由来しています。
劉震雲は、河南省・延津の郷土を物語の土台とし、
中国語教師・杜太白の波乱に満ちた人生を描いています。
彼は仕事を何度も失い、流言にも苦しめられ、
各地を転々としながら生計を立て、
冷たい視線や数々の辛い仕打ちを受け続けます。
本書は、市井(しせい)に生きる、
名もない人々の群像を背景に描き、
何気ない世間話をつなぎ合わせながら物語を展開しています。
表面的には、ユーモラスで荒唐無稽な文章に見えますが、
その内側には、社会の底辺で生きるごく普通の人々が、
生き抜くために味わう尽きることのない苦しみが描き尽くされています。
「咸(塩辛い)」という一文字が、
この作品全体の核心を言い表しています。
それは涙の味であり、
人々が苦しみに耐えながら生きる人生そのものの味でもあります。
そして、平凡な人々は運命に翻弄されることから逃れられず、
泥の中でもがきながら生きるしかない――そんな宿命を描き尽くしているのです。
魯迅先生は、こう語っています。
「果てしなく遠い場所も、
数え切れないほどの人々も、すべて私と関わっている」
幼い頃から、私は息子に読書の習慣を身につけるよう導いてきました。
それ以来、本の言葉は、
彼の人生に寄り添い続ける「かけがえのない友」となったのです。
しかし、本を愛する人は、生まれながらにして、
より鋭く物事を感じ取り、より深く見通す心を持っています。
その優れた共感力は、天から授かった贈り物であると同時に、
一種の足かせでもあります。
世の中の出来事をどれほど深く感じ取るか、
悲しみや喜びをどれほどの広さで受け止めるか
――その感覚は、ごく普通の人とはまったく異なります。
普通の人の苦しみは、多くの場合、
自分自身の衣食住や生計、目の前の損得に限られています。
苦しみにも境界があり、
感じ取れる範囲にも限界があります。
しかし、長年本とともに生きてきた人は、
文字によって、その感受性がどこまでも広がり、深められていきます。
人の世を歩めば、人情の温かさや冷たさ、
世の無常、人の心の複雑さ、その一つ一つが心に刻み込まれます。
本の世界に深く身を沈めれば、
時空を超えて、数え切れないほどの挫折した人々や、
苦境にある人々、思うように生きられない人々の魂と出会うことになります。
本の中の名もない人々が、
願っても手に入れられなかった無念さや、
運命に抗うことのできない苦しさは、
心の中で何度も発酵するように積み重なり、
共感という形で心を揺さぶり続けます。
多くの人は、物語を読んでも「誰かの過去の出来事」として受け止めるだけです。
しかし、本を読む人は、
その苦しみを自分の心の中へ取り込み、
自らの境遇と重ね合わせながら、より深い共鳴を覚えます。
二重の感受性と、二重の苦しみを抱えることで、
彼らはより重く、より繊細に生きることになるのです。
『咸的玩笑(塩辛い冗談)』を読み終えたあと、
杜太白が半生を懸命に働き続けながらも苦難から抜け出せなかった人生は、
ひたすら走り続けてきた彼自身の心境を、まるで的確に突き刺すようでした。
そして彼は、「この世に生きる者は皆、それぞれに苦しみを抱えている」
という重みを心から実感し、
その憂いは、それ以来、静かに心の奥に根を下ろし、少しずつ広がっていったのです。
このように、文字によって育まれた繊細で敏感な心に、
さらに私が長年にわたって
彼にぶつけ続けてしまった負の感情が重なり、
それが彼の心を押しつぶす第二の重荷となってしまいました。
そのことを思い返すたび、私は申し訳なさと自責の念で胸がいっぱいになります。
楊絳先生はこう語っています。
「世界は自分自身のものであり、他人とは何の関係もない」
私にとって文章を書くことは、
暇つぶしでも、名声を得るための道具でもありません。
それは人生を通して最も大切にしてきた情熱であり、
自分の感情を受け止め、思考を整理する唯一の出口です。
そして、人生のあらゆる困難を乗り越え、
魂を支えてくれる心の拠り所でもあります。
人生の半ばを過ぎるまで、
幾度となく風雨を経験してきました。
喜びも、悔しさも、迷いも、不公平だと感じる思いも
――心の内に抱えながら人には語れない感情は、
ただ文字だけが受け止め、それを和らげ、昇華してくれるのです。
若い頃、故郷に根を下ろして暮らしていた頃から、
私はよく筆を執って文章を書いており、
故郷では「文章を書く人」として多くの人に知られていました。
若い頃は職場も何度か異動し、
公安部門から組織部門へ移り、一般職員から処級幹部へと昇進しました。
そうした数々の仕事の機会に恵まれた根底には、
長年磨き続けてきた文章力がありました。
公務における原稿作成や調査報告、
総括文書、詩や文章の創作などの仕事は、
ちょうど私が長年培ってきた「書く力」を生かせる分野だったのです。
職業人生の半ばまで歩んできた道のりにおいて、
文字は仕事を支える力であると同時に、
私の血肉の一部となるほど寄り添い続けてくれた存在でした。
息子は幼い頃からずっと、私を誇りに思ってくれていました。
彼は心から、私が積み重ねてきた文章力を尊敬してくれていました。
私が書いてきた、心境を綴った文章や初心を貫く思いを記した数々の文章は、
人生のどん底にいた彼を、何度も癒やし、励ましてきました。
文字は、すでに私たち母子を結ぶ精神的な絆となっていたのです。
史鉄生は、かつてこう語っています。
「子どもの苦しみは、母親の心の中では何倍にも大きくなる」
それと同じように、母親が長い間抱え続ける心の消耗もまた、
子どもが前へ進む歩みを縛るものになってしまうのです。
しばらく前、私はいくつかの悩みごとに心を囚われていました。
解決の糸口が見えない数々の悩みが昼夜を問わず私を包み込み、
私はたびたび果てしない不安の中へと沈み込んでいました。
数え切れないほどの昼と夜、
私は何度も自分自身に問いかけ続けましたが、
最後まで心を解き放つ答えを見つけることはできませんでした。
心に積もった苦しみは、ついには私の体まで蝕んでしまいました。
しかし私は、自分の心の拠り所を守り抜くことができませんでした。
また、文章を書くことでその苦しみを一人で消化することもできず、
心いっぱいに抱えた焦りや迷いを、そのまま息子に打ち明けてしまったのです。
息子は以前から、私の文章と人柄を深く尊敬してくれていました。
彼にとって、筆を執り、半生を文字とともに歩んできた母親は、
本来、落ち着きがあり、物事を深く見通せる存在であるはずでした。
しかし、私が絶え間なく見せ続けた消極的な気持ちや苦しみは、
彼の心の中で支えとなっていたその精神的な拠り所を、
完全に揺るがしてしまったのです。
来る日も来る日も負の感情にさらされ続けたことで、
彼は無意識のうちに
「前へ進む道には、解決できない問題ばかりが待っている」
と感じるようになってしまいました。
そして、一歩前へ踏み出すたびに、
目には見えない千斤もの重荷を背負っているかのように、
重い足取りで
歩まなければならなくなってしまったのです。
私が最も後悔しているのは、思わず口にしてしまった、ある一言です。
あの頃、私は悩みごとに心を縛られ、
弱さと無力感に包まれる中で、彼にこう漏らしてしまいました。
「あなたは、私の弱点なの」
すると彼は、少しもひるむことも落ち込むこともなく、
むしろ堂々と、きっぱりとこう返してくれました。
「何を言ってるの? 僕はあなたの鎧だよ!」
たった一言でしたが、その言葉は瞬く間に私の目を覚まさせました。
私は思わず、
「その言葉、私は好きよ!」
と言いました。
そして、その直後、果てしない自責の念が私の心を襲いました。
彼はたった一人で外の世界へ飛び込み、
数え切れない風雪や苦難を乗り越えてきました。
本来なら彼には、自分の悩みは自分で受け止め、
どっしりと後ろで支えてくれる母親がいるべきだったのです。
私は自分自身の苦しみを胸の内にしまい込み、
彼を風雨から守る後ろ盾となるべきでした。
筆を守り、心の平穏を守り、
世俗のさまざまな煩わしさに振り回されず、
ましてや自分の精神的な重荷を彼に背負わせるべきではなかったのです。
私は思いもしませんでした。
何気なく口にしていた不安や、
解くことのできない心のわだかまりが、
すでに彼の心の奥深くに、大きな心の傷跡を残していたことを。
もし、あのライブ配信がなかったなら。
もし彼が、自分の心を開き、
長い間押し込めてきた思いをすべて打ち明けてくれなかったなら。
私はきっと、自分が整理できずに抱え込んでいた感情が、
以前から文字を愛し、
そして私を精神的な模範として見てくれていた息子に、
これほどまでに重い精神的負担を与えていたことを、永遠に知ることはなかったでしょう。
さらに彼の心に失望を重ねてしまったのは、
少し前に私が「公式アカウント(ウイチャットブログ)で文章を発表するのをやめようか」と考え始めたことでした。
管理画面には、
根拠のない悪意あるコメントがたびたび寄せられました。
中には、私が文章を書くのはアクセス数を稼ぐためだとか、
有名になってデビューしたいからだとか、
何の根拠もなく決めつける人もいました。
さらには、目を覆いたくなるような辛辣で悪意に満ちた言葉もありました。
そうしたことが何度も積み重なるうちに、
私はすっかり気力を削がれ、一時は疲れ果て
「もう記事の更新をやめようと思っている」と彼に打ち明けてしまいました。
いつか私は、公開の場で文章を発表することをやめる日が来るかもしれません。
けれども、文章を書くことそのものをやめることは決してありません。
ただ、その時は、まだ今ではありません。
この出来事は、彼の心を深く傷つけました。
彼にとって、書き続ける私は、彼だけの精神的な光だったのです。
私の文章はいつも、彼に「生き抜いていく力」を与えていました。
人生の半ばまで文字を支えとして生き、
一度も筆を置くことなく歩み続けてきた母親は、
長い間、彼の誇りだったのです。
私はずっとはっきりと理解しています。
私にとって執筆とは、生涯を通じた心の帰る場所です。
名声や利益は、最初から私の求めるものではありませんでした。
かつて彼の仕事がまさに絶頂期にあった頃も、
私は自ら進んで表舞台には立たず、
彼の影響力を利用して自分の利益を得ようなどとは 少しも思いませんでした。
当時、私の茶葉の商売は閑散として
思うようにいきませんでしたが、
それでも彼の力を借りて
販路を広げようと考えたことは一度もありませんでした。
そして、世間中から非難が押し寄せ、
彼がデマという深い淵へ突き落とされたときになって初めて、
私は迷うことなく筆を取り、表に立ちました。
文字によって事実を明らかにし、
彼の初心を伝え、前向きな力を発信するためです。
彼は、いつまでも私が文章を書くうえで変わることのない中心であり、
初心そのものなのです。
かつて、業界でも非常に影響力のある出版社が、
仲介者を通じて私に連絡を取り、
前金まで提示したうえで書籍出版を依頼してくれたことがありました。
しかし私は、ためらうことなく丁重にお断りしました。
当時、息子は業界で一定の注目を集めていました。
相手が私の文章に目を留めたのも、
その現実的な要因による後押しを受けていた面は否定できず、
純粋に私の文章そのものの価値だけを評価したとは限らない
――私はそう考えていたのです。
このことについても、私は彼に率直に話しました。
そして彼は、私の選択を心から理解してくれました。
しかし、私が何気なく
「公式アカウントの更新をやめようと思う」と口にしたことは、
彼にとっては、私が外の世界へ向けて声を届ける勇気をしまい込み、
一生守り続けてきた心の拠り所を手放し、
この俗世に頭を下げて妥協しようとしていることと同じ意味に映っていたのです。
彼は長年、泥の中を歯を食いしばって歩み続けてきました。
だからこそ彼は、後ろにいる私だけは、
自分だけの精神世界をしっかり守り続けていてほしいと、
ずっと願っていました。
それなのに、私の消極的な姿勢や後退するような態度が、
もともと重い荷物を背負って前へ進んでいた彼に、
さらにもう一つの心の枷を背負わせてしまったのです。
自分が世俗のささいな出来事に心を乱され、
不安を募らせてしまったばかりか、
本来なら執筆という自分だけの心の出口を通して自分自身と向き合い、
折り合いをつけるべきだったにもかかわらず、それができませんでした。
その代わりに、私は絶えず息子へ負の感情を伝え続け、
それを適切に受け止め、整理して解きほぐすこともできませんでした。
そのせいで、もともと繊細で思慮深い彼に、
さらに苦しみを与えてしまったことを思うと、
心の奥にある罪悪感は、いつまでも消えることがありません。
自分が息子にこれほど
重い精神的影響を与えてしまっていたことに気づいたあと、
私は心を落ち着かせ、
彼と膝を交えてじっくり話し合いました。
私たち二人が歩む人生の行き先はまったく異なることを整理し、
この対話を通して、弱さと前進とは切り離せないものであり、
互いに寄り添って存在するものなのだという
人生の道理も理解することができました。
私はもう七十歳を迎えようとしています。
人生の大半はすでに歩み終え、これからの道も見通せています。
残された年月に願うのは、ただ心穏やかに生きることだけです。
一方で彼は、まさに人生の盛りにあります。
彼の人生という一枚の絵には、
まだ無限の余白が残されており、
その先には数え切れないほどの可能性が広がっています。
だからこそ、一時の苦境に心を縛られたり、
簡単に落胆して諦めたりしては決していけないのです。
私は彼に伝えました。
あの頃、数え切れない非難の渦中という
絶望の中から再び立ち上がることができたのは、
骨の髄まで刻み込まれた強さと執念、
そして心の中で決して消えることのなかった信念があったからなのだと。
『周易』には、こうあります。
「天の運行は力強く絶えることがない。
君子もまた、それにならい、自らを励み、休むことなく努力し続ける」
彼が歩み続けることは、決して自分自身を成就させるためだけではありません。
あの最も暗い年月の中で、
彼と同じように理不尽な苦しみを受け、
困難の中でもがいていた数え切れない人々が、
彼の決して歩みを止めようとしない姿に支えられ、
自分自身を救う勇気を見つけ、霧を突き抜ける一筋の光を見出してきました。
人を温め、同じ道を歩む人々を照らすその力こそが、
誰にも代えることのできない、彼の人生の価値なのです。
その夜、私は一晩中寝返りを打ちながら眠れませんでした。
文章を書くことで、
胸の内にあるすべての思いを整理し、
夜が明ける頃、彼に一段の本音を送りました。
「ママは一晩中考えました。
私の体がまだ支えられる限り、私はずっとあなたと一緒に前へ進んでいきます。
時代がゆっくりと前へ進んでいくのを、この目で見届けたいです。
そして、あなたの濡れ衣が晴れ、堂々と戻ってくるその日を、静かに待ちたいのです。
私たち母子二人には、弱くなり、疲れる時を持つ資格があります。
人の心には、もともと柔らかな一角があるものです。
常に強くあることを、自分に無理強いする必要はありません。
けれども私たちは、必ず心に刻んでおかなければなりません。
弱さを受け入れても、前へ進む歩みだけは、決して止めてはいけないのだと」
私は、たとえこの先の道に深い霧が立ち込め、
苦難が次々に訪れたとしても、
自分の心を整え、筆を守り、心を安定させ、
彼と肩を並べて遠い場所へ向かって歩んでいくと、厳粛に彼を慰めました。
私から来る精神的な束縛を除けば、
第三の層として、
日夜彼の心をすり減らしているものは、現実の仕事がもたらす重い重圧です。
すべての心血を注ぎ、投資して磨き上げてきた、
蘇東坡を題材にした一本の映像作品は、
ポストプロダクションの進行が何度も遅れ、
配信・公開の時期も繰り返し延期されています。
初期に投入した巨額の資金と、
見込んでいた収益との落差は非常に大きく、資金回収はすでに見込みが薄い状態です。
それでも、このような苦しい状況に置かれながら、
彼は創作の歩みを止めることができません。
ドキュメンタリー撮影の計画は進行中であり、
第二作目のドラマの準備作業も日程に上がっています。
一つまた一つと、重い創作任務が次々に押し寄せているのです。
巨大な資金不足、先の読めない市場の動向、
終わりのない創作の磨き込み。
そうした重圧が幾重にも重なり、
日夜、彼の心力を引き裂き、消耗させています。
今の時代環境を見渡せば、経済は圧力を受けながら前に進んでおり、
あらゆる業界が低迷の中に深く沈んでいます。
芸能界もまた、その影響を免れることはできません。
かつて多くの人々に追いかけられていたトップスターたちも、
今では頻繁に、出演作がない、仕事が停滞するという苦境に直面しています。
私はよく彼に、縦の比較への執着から抜け出しなさいと助言しています。
昔の輝かしい時期を振り返って、
その落差をむやみに大きく感じる必要はありません。
横の視点に切り替え、心を平らかにして、自分自身を見つめればよいのです。
業界が不況にある中でも、
彼は変わらず情熱を持ち、深く取り組めることを持っています。
心の中の創作への熱は消えておらず、
作品に対しても、未来に対しても、なお期待を抱いています。
公開を待っているこの蘇東坡題材の映像ドラマ、
現在準備・撮影中のドキュメンタリー、着実に計画されている第二作目の新作。
温度があり、情のこもった数え切れない創作が、実現の日を待っています。
多くの人がやむなく歩みを止めている今、
この途切れることのない情熱と前進そのものが、すでに得がたい幸運なのです。
半生をかけて歩んできた道を細かく思い返すうちに、
私は少しずつ一つの人生の道理を悟るようになりました。
弱さは人間性の本来の姿であり、前へ進むことは命の本分です。
この世に、永遠に何ものにも打ち砕かれない人などいません。
誰にでも、心身ともに疲れ果て、気持ちが沈む権利があります。
いつも気を張り詰め、
弱点など一つもない自分でいなければならないと、自分を責める必要はありません。
悲しみが心に満ちてくることを許す。
疲れが一時的に心と体を包み込むことを許す。
それは、自分自身と和解するために必ず通らなければならない道です。
しかし、しばらく柔らかな弱さの中に身を沈めたあとは、
苦境に歩みを縛られるままにしてはいけません。
弱さとは、命が私たちに与えてくれる、
休み、見つめ直すための隙間であって、途中で投げ出すための言い訳ではないのです。
息子は世論の渦という深い闇を経験し、
創作も思うように進まず、進むべき道にも迷いを抱えていました。
一方の私は、いくつかの悩みに囚われ、
一時は公式アカウントの更新をやめ、
外へ向けて文章を発信することをやめようと考え、
危うく自分の心の拠り所まで手放しかけていました。
母と子、それぞれが一つずつ苦しみを背負い、
それぞれに心の奥の弱さや脆さをさらけ出しました。
しかし、このような深い対話と自己を見つめ直す時間を経て、
私はようやく、この二つの境界をはっきりと理解しました。
弱さはあってもよい。
けれど、前へ進む歩みだけは決して止めてはならない。
これからの私は、
人生で最も大切な心の出口である「書くこと」を大切にしていきます。
世俗の煩わしさも、心の中のわだかまりも、
すべて筆に託して解きほぐし、もう外へ向けて負の感情を吐き出すことはしません。
そして、しっかりと地に足をつけ、
彼が安心して頼れる精神的な支えとなり、
生涯をかけて愛してきたものを守り抜き、
もう二度と私自身の苦しみが、彼の歩みの重荷になることがないようにします。
彼もまた、一時の落ち込みを少しずつ癒やし、
創作への初心を胸に、
映像作品づくりに引き続き力を注ぎ、
作品が世に出る日、そして雲が晴れ月が姿を現す日を静かに待つことでしょう。
人は、この世を生きる限り、
苦しみはごく当たり前のものであり、弱さもまた人として自然なものです。
弱さとは、自分自身を見つめ直すための優しさであり、
前へ進むことは、未来へ向かって歩み続ける勇気です。
私と息子は、心を一つにし、互いを支え合って歩んでいきます。
たとえ前途に幾多の困難が立ちはだかったとしても、
心の中にある落ち込みや疲れをそのまま受け入れながら、
それでも遠い未来へ向かう勇気だけは、
しっかりと握り続けます。
そして一歩一歩、着実に前へ進み、
いつの日か、すべての暗雲が晴れ去り、
私たちにとって胸を張って歩める、
明るく穏やかな帰る場所が訪れる日を、静かに待ち続けたいと思います。
先月のインスタ生ライブで、今抱えている苦難について
語ってたハンハンなのだけど(´;ω;`)ウッ…
このライブを見て、ママが感じたこと。とても深くて重い内容で驚きました。
自主制作で挑んだドラマ…
すでに採算があいそうにない という事実。
そして、すでに準備に入ってる新作…
※この話は 今日、ママのブログで初めて明かされた内容です。
これが、どれほど重いものなのか…
想像すると 心配でたまらなくなるのだけど…TT
ママのブログの最後に ハンハンとママが登場するアニメーション(AI制作だと思われる)
がありました。上の原文サイトに飛ぶと視聴できます。
最後はとても 母と息子の明るい姿がえがかれてるのだけど… よかったら見てみてください。
※YouTubeでリポストしてくれている海哲さんも。
音声が悪いのだけど 中国サイトに飛ぶのが苦手な方は、こちらでも視聴できます。
ではでは今日は このへんで。ここまでご覧くださりありがとうございましたww
※今日はこれと別に、不在中のハンハンのインスタ投稿についても投稿しています。
>>チャンジャーハン、チベットで撮影した写真を公開!「愛犬ルフィの弔った写真も」(公式インスタ更新)
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