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チャンジャーハン、公式インスタ更新!「さて私はどこに行くでしょう?」(&張ママブログの更新も♪)

6月3日に、北京からチベットに飛んだハンハン。
今日公開されたインスタ写真に、それらしき写真が登場!!
(その写真と一緒に「さてわたしは どこに行くでしょう?」ってww笑)

加えて、ハンハンママからのブログ更新もあり。
※ママがブログ内で公開した動画、注目ですよ❤

目次

チャンジャーハン、公式インスタを更新!「久しぶりのチベット」

ではでは さっそく。今日午後公開された インスタ投稿。
以下 内容の詳細です。

チャンジャーハン公式インスタ6/7投稿「さて、私はどこへ行くでしょう?」

投稿コメント
活着真好,有口热水喝真好。
猜猜我要去哪?

和訳
「生きているって本当に素晴らしい。
温かいお湯を一口飲めるって、本当にいいね。
さて、私はどこへ行くでしょう?」


投稿元リンク先はこちら

↑こんなコメントと共に 公開されたのが こちらの写真。
映画「8月」で見たのと似た光景が たくさん登場します♡

氷河が解けて 流れ出した川かな? 
後ろの五色の旗は、チベットならではの光景。

以下 ウイキより。
チベットの五色の旗は「タルチョー」(チベット語:dar lcog)と呼ばれる祈願旗(マニ旗)です。布には経文や「ルンタ(風の馬)」が刷られており、風にはためくことで経を唱えたのと同じ功徳(ご利益)があると信じられています。 原文サイトはこちら

意外と軽装な ハンハンww

以上 全8枚でした♪

五色の旗からしても チベットなのは間違いなさそうなんだけど…😅
写真で場所検索してみたものの 具体的な地名まではわからなかった(残念)

ハンハン、また何かの新作の準備をしてるのかな… いろいろ素敵な妄想が広がりますネ。

チャンジャーハンママがブログ更新!「自分の力で生き、この街に根を下ろす」

そしてここからは ハンハンママのブログを♪
最近、週イチペースでブログを更新しているママの最新作は、「深圳」の話。

ハンハンが芸能人になるために上海の大学に通うことになって、
お金を稼ぐために深圳に引っ越して起業したママの20年を振り返る
内容です。

※とても長い+深圳の雨に関連した話が、何度も出てくるのだけど 最後に、ハンハンの話と、AIで作成したと思われる、ハンハンとママが登場する動画が出てきます。よかったらぜひ読んでみてくださいww

ママブログ6/6投稿 「深圳の雨、少年の気性」全文和訳

深圳の雨、少年の気性
靠双手,落下脚(=自分の力で生き、この街に根を下ろす)

人々はよく、深圳は永遠に若い都市だと言います。

この街に根を下ろしてちょうど20年。
私は日々の暮らしや
忙しさの中で生活を味わいながら、
次第に深く実感するようになりました。

歳月はゆっくりと私の角を削り、
身にまとっていた鋭さを薄れさせ、
時の流れとともに、
私は老年へと歩み入りました。

半生の浮き沈みを経験し、
すでにこの街に住み着いて久しいにもかかわらず、
心の奥にはなお、
幾ばくかの落ち着かない思いが残っており、
完全に肩の力を抜いて
自在に生きることはなかなかできません。

幸いにも、私は温かさに満ちた
深圳に暮らしています。

海辺の気候のおかげで、
一年を通して雨がよく降ります。

歳月が角を削り、人が老年に至り、
世の中のさまざまな出来事にもまれるにつれ、
若く熱かった情熱は少しずつすり減り、
かつての鋭さを見出すことは難しくなります。

苦境や失意に遭い、
心が鬱々とした思いで満たされるときには、
沈んだ感情の中に閉じ込められ、
自ら立ち直る力を失ってしまうことも
少なくありません。

けれども深圳の雨は、
まるで約束でもしていたかのように、
そんな時に必ずやって来ます。

それはただ静かに万物を潤し、
そっと慰めてくれるだけではありません。

むしろ力強いリズムを刻み、
高らかに湧き上がる交響曲のようです。

雨粒はビルのガラスの外壁にぶつかり、
街路の手すりを打ち、
海風とともに通りや路地を吹き抜けます。

その響きは轟きながら重なり合い、
抑揚に富み、力強く、
幾重にも心の陰りを貫いていきます。

しとしとと降る雨音は、
積もり積もった憂うつな気持ちを打ち破り、
歳月によって封じ込められていた情熱を
少しずつ呼び覚まし、
萎えた心を谷底から持ち上げてくれます。

この包容力と温かさに満ちた街もまた、
激しく降る雨を通して、
私が失意や落胆に沈むときの
「最も頼もしい支え」となってくれました。

足元のこの熱い大地、
この海辺の街だけが持つ「深圳の雨」は、
最初から最後まで、
少年のような生き生きとした「熱い気性」を帯びています。

自由闊達で、思う存分に降り注ぎ、
毎年変わることなく訪れます。
そして気持ちが沈み、
途方に暮れるたびに、
そのあふれる少年の気概で私を支え、
絶えず精神的な力を補給してくれるのです。

だから私は、人生の荒波を重ねた歳月の中でも、
一度の雨によって、
再び胸の奥の熱い気持ちを取り戻すことができます。

それはまるで、耳元で壮大で高揚する交響曲が鳴り響くようであり、
また、風を追いかける少年が、
全力で前へ走る姿を目の当たりにするようでもあります。
そのあふれる生命力が、まっすぐこちらへ押し寄せてくるのです。

20年前、すでに中年を迎えていた私は、
故郷の親族や友人たちに別れを告げ、
ひとり深圳へ渡り、生計を立てるために奮闘し始めました。

街に足を踏み入れたばかりの頃、
立ち並ぶ摩天楼が目の前に広がり、
その繁華で開放的な都市の姿は、
異郷をさまよっていた私に、大きな衝撃を与えました。

私は心の中でひそかに誓いました。

「必ずこの街に根を下ろし、
自分の力で懸命に働き、
自分だけの居場所を築こう」と。

その頃の私は、すでに若さゆえの無鉄砲さや、
浮ついた気持ちは失っていました。

その一方で家庭を支える責任を抱え、
肩には息子の学費を工面するという
「重い負担」がのしかかっていました。

先行きは見えず、
生計の見通しも立たない中、
異郷へ来たばかりの不安と戸惑いが
常に心につきまとっていました。

幸いにも、
深圳はあらゆるものを受け入れる移民都市でした。

古くからの固定化した「地域的なしがらみ」はなく、
夢を抱く人々が、全国各地から集まってきます。

南北それぞれの風俗や各地の文化が
この地で交わり共存し、
標準中国語が街の至るところで
最も広く使われる言葉となっていました。

この街は、どこの出身かを問いただすこともなく、
年齢によって人を区別することもありません。

ただ勤勉で実直に働き、
生活のために全力を尽くそうとする者であれば、
必ず根を下ろして生きていく機会を
見つけることができるのです。

深圳が生まれながらに持つ「寛容さと包容力」に支えられながら、
私は一歩一歩前へ進みました。

風の日も雨の日も懸命に働き、
数え切れないほどの苦しく厳しい日々を乗り越え、
ついに望みどおり、
この地に住まいを構えることができました。

そして深圳で、
安心して暮らせる「確かな居場所」を見つけたのです。

深圳に来て間もない頃の数年間、
私は生計を支えるため、
長年にわたって車を運転しながら
深圳中の大通りや路地、
そして郊外へ続く道路網を走り回っていました。
仕事の営業をしたり、
さまざまな用事をこなしたりと、
一日中移動を続ける毎日でした。

そんなふうに日々道を急ぐ中で、
私は少しずつ、
「深圳の雨」というものを理解するようになりました。

深圳は南シナ海に面した沿海都市です。

その地理的条件によって、
海からの湿った空気が絶えず陸地へ流れ込みます。
そのため深圳の雨は、生まれながらにして自由奔放で自己主張の強い、
まるで少年のような気性を持っています。

それは内陸にある故郷の、
穏やかで規則正しい雨とはまったく異なります。

故郷の雨は穏やかで長く続き、
晴れや雨、雪といった天候も「季節の移ろい」に従って現れます。

降り出す時もゆったりとしており、
止む時もゆっくりなので、
人はいつも前もって備えることができます。

しかし深圳の雨は、気ままで率直で、
まったく予想がつきません。

ほんの少し前までは太陽が高く照りつけ、
蒸し暑さが立ちこめ、
路面からは熱気が立ち上っていたかと思えば、
次の瞬間には黒雲が一気に押し寄せて、空を覆い尽くします。

街全体がたちまち暗くなり、
激しい風が分厚い豪雨を巻き込みながら
空から一気に降り注ぐのです。

それはまるで天が突然裂け、
そこから雨があふれ出したかのようでした。

雨粒が細かく舞い落ちるのではなく、
大きな桶で水をひっくり返したかのように空から降ってきます。

雨脚は激しく勢いを増し、
無数の雨粒が車の窓を激しく打ちつけます。
ワイパーを最速にしても、
目の前を覆う大量の雨水をすぐには払い切れないほどです。

その雨は突然かつ猛烈にやって来て、
ときには道路交通を遮り、
人々の移動の予定を狂わせることもあります。
しかし、じめじめと長く居座ったり、
何日も降り続いたりすることはありません。

多くの場合、何の前触れもなく突然終わります。

ほんのわずかな間に黒雲は消え去り、
雲も霧も晴れ渡り、
再び明るい青空が空いっぱいに広がるのです。

このような、大胆でメリハリがあり、
思うままに現れては去っていく姿は、
まさに少年の持つ率直さやおおらかさ、
そのままの気性のようです。

そんな雨を、私は移動の途中で
何度も何度も目にしているうちに、
次第にこの街だけが持つ「雨の風情」を好きになっていきました。

深圳で懸命に働いていた頃、
ある深夜、工場で「突発的なトラブルが発生した」
という連絡を受け、
私は一人で車を走らせたことがありました。

その時ちょうど、
深圳の雨が気性の激しさを見せていました。
まるで怒った少年が、
突然感情を爆発させたかのように、
激しい風が土砂降りの豪雨を伴って
荒れ狂いながら降り注いでいました。

豪雨は容赦なく車の窓を打ちつけ、
強風は車体を揺さぶり、
車全体が、
荒れ狂う風雨の中で絶えず揺れているように感じられました。

見渡す限り人影もなく、
私はたった一人で激しい雨の幕の中に取り残されていました。

恐怖を覚えずにはいられませんでしたが、
それでも不安を押し込み、
ハザードランプを点け、
気持ちを落ち着かせながら、前へ進み続けました。

そして無事に工場へ到着し、
危険要因を適切に処理することができました。
その結果、財産を守り、
経済的な損失を食い止めることができたのです。

また、普段の運転中にも、
私はたびたび、突然の豪雨に見舞われました。

道路はあっという間に冠水し、
車の流れは滞ります。
家族を養い、生計を立てるという重圧が
激しい雨とともに押し寄せ、
そのたびに私は雨の中で焦りを募らせました。

二十年にわたり、
晴れと雨が繰り返される日々を経験し、
慌ただしく現れては去っていく
数え切れないほどの豪雨を見てきた私は、
やがて深圳の雨だけが持つ気質を
理解するようになりました。

海に近いこの土地では気流の変化が非常に速く、
海風が雲を押し流してはまた運んできます。

そのため深圳の豪雨は、降り始めるのも急で、
止むのも早いという特徴を持っているのです。

どれほど激しく荒々しい豪雨であっても、
その多くは長く続きません。
潔く降り終わり、
雨が上がって風が静まると、
蒸し暑さはすっかり洗い流されます。

空気は澄みわたり、しっとりと潤い、
街はたちまちいつもの活気ある日常の姿を取り戻します。

何年もの時を経て過去を振り返ると、
あの激しい雨が、
私を鍛えてくれたことに感謝すると同時に、
当時の自分の勇気を誇らしく思います。

深圳の雨は、荒れ狂う時には激しく猛々しく、
暴風雨の中で私の胆力を鍛えてくれました。

一方で穏やかな時には、
やさしくしっとりと降り続き、
長い年月の中で私の心を静かに癒してくれました。

それは私の気骨を鍛えると同時に、
心を温め、魂を安らがせてもくれたのです。

このような不思議な光景に触れるたび、
私は心からこう感じます。

深圳の雨とは、
まさに少年の気性そのものです。

気持ちが高まれば、
全力でこちらへ駆けつけるように降り注ぎ、
激しく、情熱的で、何ひとつ出し惜しみをしません。

そして気が済めば、
さっと身を引き、きっぱりと去っていきます。

何かに執着したり、未練を残したり、
ぐずぐずと引きずったりすることは決してないのです。

二十年という歳月は
瞬く間に過ぎ去り、時は慌ただしく流れていきました。

かつてこの街に住まいを築くことを夢見て、
重い責任を背負いながら
日々奔走していた中年の私は、
今やすっかり晩年を迎えています。

人生の半ばを過ぎるまでの「さまざまな出来事や浮き沈み」は、
私の角を削り取りました。

人の情の温かさや冷たさ、
生計を立てる苦労を経験し、
若い頃に願っていた
「深圳に根を下ろし、家庭を築く」という夢はすでにかなえられました。

それでも、半生の間に
幾度もの波乱を経験したため、
ときには心の中にわだかまりを抱え、
いつも穏やかな気持ちでいることはなかなかできません。

世の中は絶えず変わり続け、
街も日々新しくなっています。

けれども深圳の雨だけは、
この20年間、少しもその気質を変えていません。

いつまでも情熱的で奔放であり、
この街ならではの少年らしい本来の姿を保ち続けている
のです。

その少年らしい気概は、
まず突然降り出し、突然止む雨の勢いの中に表れています。

それは、江南地方のどこまでも続くような
しっとりとした長雨とはまったく異なります。

真夏になると、街全体が蒸し暑さに包まれます。

空気はよどみ、
重くまとわりつき、人々は息苦しさを覚えます。

海上の暖かく湿った空気と
陸地の熱気が頻繁にぶつかり合うことで、
短時間の激しい雨が発生しやすくなります。

そして多くの場合、
何の前触れもなく黒雲が一気に集まり、豪雨がたちまち降り注ぎます。

空一面の雨の幕は、
街中の暑さや日常のざわめきを洗い流していきます。

ところが、その雨が最も激しく降り続いている最中に、
海風が雲を吹き散らし、雨は突然ぴたりと止んでしまうのです。

そして瞬く間に空は澄み渡り、
まぶしい太陽が再び姿を現します。

つい先ほどまで猛威を振るっていた豪雨は、
まるで少年が思いつきで繰り広げた即興のいたずらだったかのようです。

また、その生き生きとした本質は、
すぐ近くにありながらまったく異なる空模様が広がる独特の風景の中にも隠されています。

中国国内の多くの内陸都市では、
雨が降れば街全体が同じように雨に包まれ、どこへ行っても湿っています。

しかし深圳の雨には、不思議な光景がよく見られます。

海沿い特有の地形により、
丘陵、海岸、平野が入り混じっており、
水蒸気の分布も地形の影響を受けて均一ではありません。

そのため、ほんの数キロ離れただけで
天気がまったく異なることがあります。

こちらの街区では激しい雨が降ったばかりで、
路面には水がたまり、木々には透明な雨粒が輝いているのに、
あちらの地域ではすでに太陽が照りつけ、
道路は乾ききっていることもあります。

さらに、同じ一本の長い通りの中でさえ、
一方では雨がしとしとと降り続き、
もう一方では暖かな陽射しが降り注いでいるという
不思議な光景が見られることもあります。

地域や季節といった枠組みに縛られることなく、
自由気ままに、思うままに振る舞う――。

それこそが、束縛を知らない少年の心そのものなのです。

長い年月は私を慎重で控えめな人間へと変えました。

何事にも十分に考えを巡らせ、決まりに従って行動するようになりました。

けれども深圳の雨だけは、
毎年変わることなく自由気ままであり続け、
生まれ持った少年らしさを守り続けているのです。

激しく荒れ狂う豪雨も、
その激しさを収めた後には、また繊細で優しい一面を見せてくれます。

豊かな雨水は大地へと染み込み、
街全体の肥沃な土壌を潤し、街中の草木を育みます。

長く続く海岸線は豊富な降水をもたらし、
その雨は長い年月をかけて
この海辺の土地を潤してきました。
そのおかげで深圳の植物は
一年を通して青々と茂っています。

深圳の最も魅力的な風情は、
近代的な高層ビルと豊かな自然の緑が
調和しながら共存しているところにあります。

現代的な都市インフラは便利で快適な暮らしをもたらし、
広い道路が縦横に走り、
高層ビルが整然と立ち並んでいます。

その一方で、道端には大きなガジュマルの木が枝葉を広げ、
ブーゲンビリアがフェンスに沿って咲き誇り、
さまざまな植物が四季を通じて青々と茂っています。

繁華な都市でありながら、
どこか田園のようなゆったりとした安らぎも残されているのです。

雨上がりには花や葉に露が宿り、
ビル群は雨によって、
洗い清められて明るく輝きます。

顔を上げれば整然と並ぶ都市の景観が広がり、
足元に目を向ければ
草木から漂うほのかな香りが感じられます。

半生を通じて積み重ねてきた悩みや憂いも、
街を包む雨上がりの爽やかな空気の中で、
すべて溶けていくように思えるのです。

この街だけが持つ少年のような気風は、
深圳の雨の気質とも深く通じ合っています。

深圳は新しい移民都市として、
各地の文化を受け入れ、古い慣習や固定観念に縛られません。

だからこそ、この街は常に挑戦する勇気を持ち、
新しいものを追い求め続けているのです。

街を絶えず行き交う人々の足取り、
深夜になっても消えることのない無数の灯り、
一年中咲き続ける花々や緑。

それらすべてが、
この街の「決して老いることのない精神的な活力」を形づくっています。

この街は、故郷を離れて「夢を追う若者」たちを受け入れ、
家族を背負って生きる中年たちを支え、
そして、年老いた人々がこの地に根を下ろし、
穏やかに暮らせるよう見守ってくれます。

まさにこの、あらゆるものを受け入れる寛大さと包容力こそが、
多くの異郷の人々の「この街で家庭を築きたい」という願いをかなえてきました。

そして、かつて何も持たず
たった一人で南へやって来た私自身もまた、
そのおかげで、20年という歳月を安定して生き抜くことができたのです。

ここ数年、私は時間を見つけては
中国各地の美しい山河を訪れ、
また海外へ足を延ばして異国の風景にも触れてきました。

各地のさまざまな天候や風土を目にしてきましたが、
それでも旅を終えて帰って来るたびに、
深圳という海辺の土地に足を踏み入れた瞬間、
心の中には安心感が込み上げてきます。

どれほど多くの山や川を巡り、
どれほど多くの景色を見てきたとしても、
私の心は結局この街へと戻ってきます。

この街の晴れの日も雨の日も、
一草一木に至るまで、すでに私の血肉の一部となっています。

そしてそれは、この先の人生においても
決して手放すことのできない、深い愛着となっているのです。

少し前、息子がわざわざ深圳へ来てしばらく滞在しました。

普段から屋外でテニスの練習をしているため、
深圳の雨の気性と優しさを身をもって感じることになりました。

何日も続けて、
午前中になると決まって激しい豪雨が降りました。

まるで少年のように
短気で激しい気性を見せつけるかのようでしたが、
午後になると約束したように雨は止み、空は晴れ渡ります。

雨に洗われた地面はすぐに乾き、
心地よい風が吹き、気温もちょうどよくなります。

そのため息子は毎日予定どおり
テニスコートへ向かうことができ、
一度として大雨によって
予定を乱されることはありませんでした。

息子は何度も感心したように言いました。

「深圳の雨は気性が激しく、
降りたい時に突然降るように見えるけれど、
実はとても人の気持ちを思いやっていて、
優しさを秘めている
」と。

さらに息子は、
昨年香港で屋外コンサートに参加した時のことも
話してくれました。

事前の天気予報ではずっと雨の予報が出ており、
スタッフも観客も
公演が妨げられるのではないかと心配していました。

ところが、コンサートが正式に始まる時間になると、
それまで降っていた雨は突然止んだのです。

公演中に数滴の雨が落ちてくることはあっても、
それはほんのわずかで、
コンサートの進行を妨げることはまったくありませんでした。

この二つの身近な体験によって、
私はさらに深く納得するようになりました。

深圳の雨には、
若者のような情熱と勢いがあり、
思い立ったらすぐにやって来る激しい気性があります。

けれどその一方で、細やかな思いやりと優しさも秘めており、
肝心な時には人の願いをかなえてくれるのです。

一見すると気まぐれで予測しがたく見えますが、
実はちゃんと節度をわきまえていて、
人々の熱い情熱や努力を静かに見守ってくれているように思えます。

歳月は容赦なく流れ、人を老いへと向かわせます。

けれど深圳の風雨は、いつまでも少年の初心を失いません。

私はますます確信しています。

深圳の雨は、永遠に少年の気性そのものなのだと。

初めてこの言葉の意味を悟った頃、
私はまだ中年で、
生計を立てるためにあちこちを奔走しながら、
先の見えない不安を抱えていました。

そして今、窓辺に座って静かに雨を眺めている私は、
すでに人生の浮き沈みを見尽くした晩年を迎えています。

時は流れ、人は年齢を重ねていきます。

けれど深圳の雨だけは、
毎年変わることなく思い切りよく降り注ぎ、
いつも生き生きとして情熱に満ちています。

まるで意気盛んな少年のように。

人生の半分以上をさまよいながら生きてきましたが、
深圳を自らの居場所として選び、
この地で懸命に働き、
自分自身の力で自分だけの世界を築くことができたことを、
私は本当に幸運だったと思います。

もしあの時、故郷にとどまることを選んでいたなら、
今頃はおそらく家で穏やかな日常を送り、
広場でダンスを楽しむような年配の女性になっていたでしょう。

ほんの一つの選択の違いが、
まったく異なる人生の風景を生み出しました。

過去を振り返ると、私は心から思います。

あの頃、必死に努力した自分に
本当に感謝している、と。

これからの人生も、
私はこの街で暮らしていきたいと思います。

深圳の風雨の中で、
心の安らぎを見つけると同時に、
少年のような情熱も失わずにいたいのです。

四季折々の晴れや雨の移ろいを眺めながら、
この街の海辺の風景と
包み込むような温かさを楽しみたいと思います。

そして雨のように、
尽きることなく湧き上がる情熱を胸に、
晩年になっても学び続け、
歩みを止めずにいたいと思います。

穏やかさと向上心をともに抱きながら、
温もりと力強さのある日々を重ねていきたいのです。

原文サイトはこちら

最後の最後に ハンハンの話が出てくるまで…
「深圳の雨」について 同じ話が 何度も重複してるように感じてしまったんだけど😅

これ、 「同じテーマを何度も
別角度から繰り返す散文・随筆スタイル」
なんですって(;・∀・)
(中国語の文章ではよくあるみたい)

で それはともかく😅
最後に出てきた動画は どうやらAIで作成したみたいなんだけど… 
ママとハンハンがすごく素敵
で 鬼リピしてしまったww

本編は、実はもっと長いのだけど…(深圳の雨の風景が出てきます)
興味のある方は 上の原文サイトに飛ぶと フル視聴できます♪

※中国サイトに飛ぶのですが、苦手な方は 台湾海哲さんがフルバージョンを
インスタにアップしてくれてるので こちらから飛んでください

※あと 上の文章で出てきた 香港コンサートの雨の話は、去年の野外ライブでの話です。
「??」な皆さまは過去投稿で
>> チャンジャーハン、2025中国香港コンサート大盛況で終演!「本人投稿でダイジェスト映像公開」

ではでは今日はこのへんで。ここまでご覧くださりありがとうございましたww

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