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チャンジャーハン、初の実写朗読VTRを公開!(&新EP「三鏡諭」第2弾コンセプトも登場!)

まさか 実写の「グッドナイトストーリー」が拝見できるとは…!
昨晩、突如公開された 公式Youtubeの動画を見て ホントにびっくりしました😅

※グッドナイトストーリー:公式サイトで毎週土曜日の夜に公開されていた、ハンハンの朗読企画。音声のみ公開されていた企画なのだけど、ここ1か月ほどは更新中止(多忙だったと思われる)。そんな中で、突如動画が公開されました😅

目次

チャンジャーハン、公式Youtubeで「初の朗読」動画を公開!

ではでは、さっそく! 昨晩、ハンハン事務所の公式YouTubeで公開された動画から。
なんと、実写版のグッドナイトストーリー。20分越えの大作です😅

チャンジャーハン事務所公式Youtube発「晚睡故事《稻草人》」(グッドナイトストーリー、かかし)

 

※BGM入り、本人出演の朗読は これが初!
朗読なのだけど 表情で「感情を表現」しているのがわかる、ハンハンならではの動画でした😢

※上の動画がうまく表示されていないときは こちらから直接飛んで下さい

で! ハンハンが読んだ「かかし」。どんな話なのか?などなど 続けて詳しくご紹介します。

チャンジャーハンが朗読した「稻草人(かかし)」とは?

ハンハンが朗読した文章を、カンタンに解説すると 以下のとおり。

中国の童話作家 葉聖陶(イエ・ションタオ) が書いた、
「動けない優しさ」をテーマにした短編童話。

主人公は、 田んぼに立つ“かかし”。
かかしは苦しんでいる人、病気の女性、害虫にやられる稲を 全部見ている
でも…声が出せない、動けない。誰も助けられない
ただ見守るしかないまま、夜が明ける――という、無力さと悲しさを描いた物語。 

なんだか また すごく深い意味があるような話です…😢

ということで ハンハンの朗読内容を全文紹介!
※海外海哲のsannaさんが速攻で英訳してくださったので そこからの日本語訳をご紹介します。
めちゃくちゃ長いのだけど 興味がある方は ぜひ読んでみてください^_^;

チャンジャーハンの朗読「かかし」 内容和訳

海外海哲sannaさんより:長らくおやすみ朗読がなかった中、葉聖陶(イエ・ションタオ)作『かかし(稻草人)』のYouTube朗読動画という、うれしいサプライズが届きました。
『かかし(稻草人)』は、田んぼに立つ一体のかかしの視点から描かれた物語です。かかしはやさしく、思いやりにあふれた存在ですが、周囲で起こるあらゆる苦しみを目にしながらも、誰一人として助けることができません。そして、この「どうすることもできない無力さ」こそが、この物語の主題となっています。

今日、皆さんにお読みするのは『かかし』です。(作者:葉聖陶)

田野の昼の風景やありさまについては、詩人たちがそれを美しい詩に書き、画家たちがそれを生き生きとした絵に描いています。ところが夜になると、詩人はお酒を飲んで少し酔ってしまい、画家はと言えば、精巧な楽器を抱いて低く歌っていて、とても田野に来ていられる暇はありません。

では、夜の田野の風景やありさまを人びとに伝えてくれるのは、いったい誰でしょうか? 

います、それがかかしなのです。

キリスト教の人は「人間は神が自らの手で造ったものだ」と言います。この言葉が正しいかどうかはさておき、同じ言い方を借りれば、かかしは農夫が自らの手で造ったものです。

彼の骨組みは竹やぶの細い竹の枝、筋肉や皮膚は去年の黄色い稲わらです。壊れた竹かごや、破れたハスの葉も、彼の帽子にすることができます。帽子の下の顔は平べったくて、どこが鼻でどこが目なのかはっきり分かりません。彼の手には指がありませんが、一本の壊れた扇子を持っています――もっとも「持っている」というのは正確ではなく、扇の柄を糸で手にくくりつけ、ぶら下げているだけです。彼の背骨はとても長く、足の下まで伸び、その一部を農夫が田んぼのまん中の土に差し込むと、彼は昼も夜もずっとそこで立ち続けるのです。

かかしはとても責任感が強いのです。もし牛と比べるなら、牛のほうが彼よりずっと怠け者で、時々地面に寝そべって空を見上げています。犬と比べるなら、犬のほうがずっといたずらで、あちこち走り回り、主人にあちこち探し回らせます。

かかしは、牛のように寝そべって空を見ることを決して厭いませんし、犬のように遊び回ることも決してしません。静かに田んぼを見守り、手に提げた扇子をそっと揺らして、新しく実った稲穂を食べに来る小鳥たちを追い払います。彼はご飯も食べず、眠りもしません。腰をおろしてひと休みすることさえしようとせず、いつもピンと真っすぐに立っているのです。

それはもちろんのことで、夜の田野の風景やありさまをいちばんはっきり、いちばん多く知っているのは、かかしだけなのです。彼は、露がどのように草の葉に降りそそぎ、その露がどんなふうに香り高く甘いかを知っています。星がどんなふうに瞬き、月がどんなふうにほほ笑むかを知っています。

夜の田野がどのように静まり返り、花や草や木々がどんなふうにぐっすり眠るのかも知っています。小さな虫たちがどうやって「君を探すよ、僕を探して」とお互いを探し合い、蝶たちがどうやって恋をするのかも知っています。要するに、夜に起こるあらゆることを、彼はことごとく知っているのです。

以下は、かかしが夜のあいだに出会ったいくつかの出来事についてです。

満天の星がきらめくある夜のこと、かかしは田んぼを見張りながら、手にした扇子を静かに揺らしていました。

新しく出てきた稲穂は互いに寄り添うように並び、星明かりが差すと、先に水の玉が乗っているかのようにきらりと光ります。少し風が吹けば、サラサラと音を立てます。かかしはそれを見て、とてもうれしくなりました。今年の収穫なら、きっと自分の主人――一人暮らしのかわいそうな老女――の顔にも、やっと笑みが浮かぶに違いない、と彼は思ったのです。

彼女がこれまで笑ったことなどあったでしょうか? 

八、九年前、彼女の夫は亡くなりました。それを思い出すたびに彼女は泣き、今でも目は赤く、泣きすぎたせいで今や持病となり、ことあるごとに涙がこぼれます。彼女には息子が一人いるだけで、母と子はこの田んぼを耕すために苦労を重ね、丸三年かかってようやく夫の葬儀に借りたお金を返し終えたのでした。

ところが思いもしないことに、そのすぐあと息子がジフテリアにかかり、やはり死んでしまいました。そのとき彼女は気を失い、その後は心臓を患ってしまい、たびたび発作が起こるようになりました。

今では彼女一人だけが残され、年老いて力も弱いのに、なおも力を振り絞って耕さなければなりませんでした。さらにまた三年が過ぎて、ようやく息子の葬儀の借金も返し終えた頃、続けざまに二年も洪水に見舞われ、稲は水に浸かり、腐ったり、芽が出てダメになったりしてしまいました。

彼女は涙をいっそう流し、目を痛めてしまい、物がぼんやりとしか見えず、少し離れたものはもう見えません。顔にはしわがいっぱいで、まるで干からびたミカンのようで、とても笑顔など浮かびそうにありません。

ところが今年の稲の育ちはよく、とてもたくましく、雨も多すぎず、どうやら豊作になりそうでした。それゆえ、かかしは彼女のために喜んでいたのです。

やがて刈り入れの日になれば、彼女は大きくて粒の詰まった稲穂を目にし、それがすべて自分のものだと分かるでしょう。これまでの苦労が決して無駄ではなかったと知れば、顔のしわもいくらか伸びて、ホッとした満足の笑みが浮かぶに違いありません。もし本当にそんな笑顔が見られるなら、それはかかしにとって、星や月の笑いよりも、もっと愛おしく、もっと尊いものに思えるでしょう。なぜなら、彼は自分の主人を愛しているからです。

かかしがそんなことを考えていると、一匹の小さな蛾が飛んできました。灰がかった褐色の小さな蛾です。かかしはすぐに、その蛾が稲の、ひいては主人の天敵であることに気づきました。自分の務めから言っても、主人への思いから言っても、その蛾を追い払わなければなりません。

そこで彼は手の扇子を振りはじめました。しかし扇子の風はごく弱く、その蛾を怖がらせることはできません。蛾は少し飛ぶと、稲の葉の上にとまりました。まるで、かかしがそこから追い払っていることなど、まったく感じていないかのようでした。蛾が葉にとまるのを見て、かかしはひどくあわてました。

けれど彼の体は木と同じように土に固定されていて、一歩前に出ることさえできません。いくら扇子をあおいでも、蛾は同じ場所でじっと休んだままです。かかしは、田んぼがこの先どうなるかを思い、主人の涙とこけた顔、そして主人の身の上を思うと、胸が裂かれるような思いがしました。ところが蛾はそこで落ち着いてしまい、どう追い払おうとしても、まったく動こうとはしないのです。

星々の列が空から引き上げられ、夜の景色がすっかり姿を消すころになって、ようやくその蛾は飛び去りました。かかしがその稲の葉をよく見ると、やはり葉先が巻き上がっていて、その上には蛾の卵がいくつも残されていました。

これを見て、かかしは限りない恐怖におそわれ、「本当に災いがやって来た。怖がれば怖がるほど逃れられない」と心の中で思いました。かわいそうな主人は、かすんだ二つの目しか持たないのです。早くこのことを知らせて、蛾が産んだ卵を見つけてもらわなければ、救う手立てはありません。

そう考えると、彼は扇子をいっそう激しく振りはじめました。扇子はしょっちゅう自分の体にぶつかり、「パッ、パッ」と音を立てます。彼には声をあげることができません。これは主人に危険を知らせる、唯一の方法なのです。

老女は田んぼにやって来ました。腰をかがめて田んぼの水加減を見てみると、ちょうどよく、川から水を汲み入れる必要はありませんでした。自分で植えた稲も眺めてみると、どれもたくましく育っています。稲穂に触れれば、ずっしりと重い。次にかかしを見上げると、帽子は相変わらずきちんとかぶられ、手にはいつものように扇子を提げ、「パッ、パッ」と音を立てながら揺れています。

そしていつものようにまっすぐに立ち、位置も変わらず、姿も以前とまったく同じです。彼女はすべてうまくいっていると思い、田のあぜ道を上がり、家に戻って草縄をなう支度をしました。

かかしは主人が帰ろうとしているのを見て、気が気ではなくなり、あわてて扇子を激しく振って、その切迫した音で主人を引き留めようとしました。その音はまるでこう語りかけているかのようです。

「ご主人さま、行ってはいけません! 田んぼのことはすべて順調だなんて思わないでください。大きな災いの芽が、すでにここに根を下ろしているのです。一度それが広がりはじめれば、もう手がつけられなくなります。そのときあなたは、涙が枯れるまで泣き、心が粉々になるまで苦しむことでしょう。今のうちに、急いでこの災いの芽を摘み取らなければなりません。ここです、この一株ですよ。この稲の葉の先をよくご覧になって!」

彼は扇子の音に託して、何度も何度も警告しました。しかし老女には通じません。彼女は一歩一歩、遠ざかっていきます。かかしは死にそうなほどあせり、主人の背中がもう見えなくなるまで、力いっぱい扇子を振り続けました。そのときになってようやく、警告はむなしかったのだと悟ったのです。

かかしのほかには、稲のことで心を痛めている者など一人もいませんでした。

彼は、いっそ一跳びに蛾の卵のところへ飛んでいって、その災いの芽を踏みつぶしてしまえたらどんなにいいだろうと思いました。また、風に頼んで一通の手紙を主人のところへ運んでもらい、すぐに災いを取り除きに戻ってきてほしいとも願いました。もともと彼の体はとてもひ弱で、そこに深い憂いを抱いているものだから、いっそうやつれ、まっすぐ立っている力さえなくなり、肩を傾け、腰を曲げて、まるで病人のように見えました。

数日もしないうちに、稲田のあちこちに、蛾の卵からかえった青虫が広がっていきました。夜ふけ、あたりが静まり返ると、かかしには彼らが稲の葉をかじる音が聞こえ、その食欲が増していく様子が見てとれました。

やがて、一面に濃く茂っていた緑の稲は跡形もなくなり、茎だけが裸で残りました。かかしは胸が痛んで、見るに忍びず、主人の苦労がまたしても涙とため息に終わることを思うと、うなだれて涙を流さずにはいられませんでした。

このころには、もうかなり冷え込んでいました。しかも夜の田んぼです。冷たい風が吹きつけ、かかしはガタガタ震えましたが、泣いている最中だったので、その寒さにも気づきませんでした。ふいに女の声がしました。

「誰かと思ったら、あなただったのね」

かかしはびくっとして、そこで初めてひどく冷えていることに気づきました。しかしどうしようもありません。責任を果たすためでもあり、また自分では身動きも取れないため、寒くてもその場に立っているしかないのです。

彼がその女を見ると、漁師の女房でした。田んぼの前には川が一本流れており、その女の舟が岸辺に停まっていて、船室からはかすかな灯りが漏れていました。彼女はそのとき、川底に下ろしていた四角い網を沈めていて、網が沈むと、岸に腰をおろし、しばらくしてから引き上げるのを待っていたのです。

船室からは、時おり子どもの咳き込む声が聞こえ、また、疲れ切った、かすかな「お母さん」と呼ぶ声が漏れてきました。これが彼女をひどく気がかりにしました。

彼女は力いっぱい網を引き上げようとしましたが、どうもうまくいかず、ほとんど毎回、網は空っぽでした。船室の子どもは、咳をしながらまだ母親を呼んでいます。そこで彼女は舱のほうへ向かって叫びました。

「大人しく寝てなさい! 魚がとれたら、明日お粥を煮てあげるから。あんたがそんなに呼ぶから、こっちの心が乱れて、どうして魚なんかかかるもんか!」

子どもは我慢できず、やはり叫びました。
「お母さん、のどが渇いて死にそうだよ! お茶をちょっとちょうだい!」と、そのあとにはまた咳が続きます。

「ここにどこにお茶なんかあるのさ! 少しおとなしくしておくれよ、この子ったら!」

「のどが渇いて死んじゃう!」

子どもはついに声を上げて泣き出しました。
広々とした夜の田野では、この泣き声はいっそうもの悲しく響きました。

漁師の女房は、どうしようもなくなって網の綱を放り出し、舟に戻って船室に入り、椀を一つ手に取ると、川の水を一杯すくい、振り返って子どもに飲ませました。

子どもは本当にひどく渇いていたので、一息にその水を飲み干しました。ところが椀を置いた途端に、また咳き込みはじめ、しかもいっそうひどくなり、そのうち荒い息だけになってしまいました。

女房は子どものことばかり構ってはいられず、また岸に上がって網を引かなければなりませんでした。長い長いあいだ、船室からは音がせず、網も何度空振りしたか分からないころ、ようやく七、八寸はあろうかというフナが一匹かかりました。

これが最初の収穫でした。彼女はその魚をていねいに網から外して、木の桶の中に入れ、また網を川に沈めました。この魚を入れた木桶は、ちょうどかかしの足もとに置かれました。

このとき、かかしはますます悲しくなっていました。

彼はあの病気の子どもを哀れに思いました。あれほど渇いているのに、一口のお茶も飲めず、あれほど病んでいるのに、母親と一緒に眠ることもできない。

また、漁師の女房のことも哀れに思いました。この寒い真夜中に、翌朝の粥のためだけに、病気の子どもを放っておかなければならないのです。

彼は自分が薪になって、子どもにお茶を沸かしてやれたら、と願いました。また、自分が布団になって、子どもに少しの温もりを与えてやれたらとも思いました。さらに、青虫どもの盗んだものを取り返し、その稲で漁師の女房に粥を煮てやれたらとも願いました。もし歩けるのなら、彼はきっとすぐさま自分の願いどおりにしたことでしょう。

けれども不幸なことに、彼の体は木と同じように土に固定されていて、一歩たりとも動くことができません。どうすることもできず、考えれば考えるほど悲しみは深まり、いっそう激しく泣きました。

すると突然、「パシャッ」という音がして、彼はびくっとして泣き止み、何が起こったのかと目をこらしました。見ると、フナが木桶の中に放り込まれた音だったのです。

木桶の中の水はごくわずかで、フナは桶の底に横たわり、体の下側だけが少し湿っているだけでした。フナはひどく苦しくて、逃げ出そうと、力いっぱい上へ跳び上がりました。

何度も跳びましたが、高い桶の縁に阻まれて、また底に落ち、そのたびに体をしたたか打ちつけました。上側に向いた片方の目がかかしを見つけると、哀れっぽく訴えました。

「友だちよ、しばらくその手の扇子を置いて、私を助けておくれ! 水の中の家を離れれば、私は死ぬしかない。心のやさしい友だちよ、どうか私を助けておくれ!」

フナの切なる願いを聞いて、かかしは胸が締めつけられるようでした。

けれども彼は、ただ力いっぱい首を横に振ることしかできませんでした。その仕草は、まるでこう言っているかのようでした。

「許しておくれ、私はなんて弱くて無力なんだろう! 私は君を助けてあげたいだけじゃない。あの君を捕まえた女の人も、その子どもも、そして君や彼らのほか、苦しみや不幸の中にいるすべての者を助けてあげたいんだ。けれど私は木と同じように土に縛りつけられ、一歩も自由に動くことができない。どうやって私の願いを実行できるというんだい! 許しておくれ、私はなんて弱くて無力なんだろう!」

フナには、かかしの言いたいことが分かりませんでした。ただ彼が何度も首を振るのを見て、怒りが炎のように燃えあがりました。

「こんなことがどうしてそんなに難しいっていうんだ! おまえには人の心が少しもないのか。ただ首を振るだけだなんて! 私は間違っていた。自分の困難を、どうして他人に頼ったりしたんだろう! 自分でやるべきなんだ。どうにかする方法を考える。だめなら、死ぬだけさ。それがいったい何だっていうんだ!」

フナは大声で叫び、再び力いっぱい上に跳び上がりました。今度は全身の力を振りしぼり、尾びれも胸びれの先までぴんと伸びきっていました。

かかしは、自分の気持ちがフナに誤解されたのを知り、どう説明する術もないことにひどく胸を痛め、ため息をつきながら泣き続けました。しばらくしてから、ふと顔を上げて見ると、漁師の女房は眠り込んでいました。

片方の手にはまだ網の綱を握ったままです。それほど疲れ切っていて、明日の粥のことを思いながらも、とうとう踏ん張りきれなかったのでしょう。桶の中のフナはどうかというと、跳ねる音はもう聞こえず、ただ尾びれがときどきかすかに動いているだけでした。

かかしは、今夜起こった数々の悲しい出来事を思い返しました。なんと悲惨な夜だろう! ところが稲の葉を食い荒らしたあの小さな強盗たちは、とても楽しそうで、腹いっぱい食べたあと、裸になった茎の上で踊っているのです。

稲の収穫はもうおしまいで、主人の老いた力はふたたびむなしく費やされてしまいました。世の中に、これ以上に哀れなことがあるでしょうか! 夜はいっそう暗くなり、星でさえ光を失ったようでした。

かかしはふいに、あぜ道の脇から一つの黒い影が歩み寄ってくるのを見ました。

近づいてくるのをよく見ると、それは一人の女で、だぶだぶの短い上着を着て、髪は乱れていました。

女は立ち止まり、川辺に停まった漁船をしばらく眺めると、身を翻して川岸のほうへ歩いて行きました。少し歩くと、またまっすぐに立ち止まりました。かかしは不思議に思い、じっと彼女の様子を見つめました。

彼女の口からは、ひどく悲しげな声が漏れていました。かすかで途切れ途切れの声は、夜のあらゆる小さな音を聞き慣れているかかしにしか、聞き分けられないほどでした。

その声はこう言っていました。

「私は牛でもないし、豚でもないのに、どうしてあんたなんかに勝手に売り飛ばされなきゃいけないの! 逃げなきゃ、明日本当に売られてしまう。あんたが少しばかり手にしたお金なんて、ちょっと賭け事をすれば負けてなくなるか、数日酒を飲んだら消えてしまう。何の役に立つっていうの! どうしてそこまで私を追い詰めるの?……死ぬしかない、死ぬこと以外に道はない! 死んだら、あの世で私の子どもを探しに行くんだ!」

これらの言葉は、とても筋の通った言葉とは言えませんでした。すすり泣きで声が乱れ、途切れ途切れだったからです。

かかしは身の毛がよだつ思いで、またひとつ、耐え難い悲劇に出くわしたのだと感じました。

彼女は死のうとしているのです! 彼はあわてふためき、どうしても彼女を助けたいと思いました。自分でも理由が分からないほど、必死な気持ちでした。彼はまた扇子を振りはじめ、眠りこけている漁師の女房を起こそうとしました。しかしどうにもなりません。

女房はまるで死んだように眠っていて、ぴくりとも動きませんでした。彼は、自分が木と同じように土に縛りつけられ、一歩も動けないことを、激しく恨みました。

目の前の死を見過ごして助けないのは罪ではないでしょうか? 自分はいま、まさにその罪を犯しているのです。これは死ぬよりもつらい苦しみでした。

「ああ、夜明けよ、早く来てくれ! 農夫たちよ、早く起きてくれ! 鳥たちよ、早く飛んで行って知らせておくれ! 風よ、あの人の死にたいという思いを吹き払っておくれ!」

彼は心の中で静かに祈りました。けれども四方はまだ真っ暗で、一筋の物音さえ聞こえません。彼の心は張り裂けそうで、見るのが怖くてたまらないのに、見ずにはいられず、川辺に立つ黒い影をおそるおそる凝視し続けました。

女はしばらく黙って立ちつくし、何度か身を前に傾けました。かかしは、恐ろしい瞬間がやって来たのだと悟り、手の扇子をさらに大きな音をたてて打ち鳴らしました。ところが彼女は飛び込まず、再び背筋を伸ばして立ちました。

またしばらくたって、彼女は突然両腕を振り上げ、倒れこむようにして川へ飛び込みました。かかしはその姿を見るやいなや、彼女が水に落ちる音を聞く間もなく、気を失ってしまいました。

翌朝、農夫たちが川岸を通りかかったとき、川の中に死体を見つけました。この知らせはたちまち広まり、近くの男女が皆、見に駆けつけました。そのざわめきで、ぐっすり眠っていた漁師の女房も目を覚ましました。彼女が木桶の中のフナを見ると、すでに硬くなって死んでいました。

彼女は木桶を手に取り、船室へ戻りました。病気の子どもは目を覚ましていて、顔はさらにやつれ、咳もいっそう激しくなっていました。

あの老女も、皆につられて川辺へ見物に来ました。自分の田んぼのそばを通りながら、ついでに一目見てみると、ここ数日のあいだに、稲の茎が虫に食い荒らされていたことなど、誰も知らせてくれなかったのです。

青々としていた葉は黄ばんでしまい、まだ青い稲穂は力なく垂れ下がっていました。彼女はあまりのことに足を踏み鳴らし、胸をたたいて大声で泣きました。

みなが彼女をなだめようと駆け寄っていくと、田んぼの真ん中に倒れているかかしが目に入りました。

終わり 原文サイトはこちら

なんという 物悲しい物語なんでしょう…😢
ハンハンが いろんな表情をしながら読んでいた理由が よくわかる話でもあったのだけど…
この「かかし」の話が、実はいま。この世の中に多すぎる気がして…
なんだか 切ない読後感でしたよ…(;´д`)トホホ

チャンジャーハンの新EP「三鏡諭」第2弾コンセプト発表!

そしてここからは 12月10日に発売される ハンハンの新EPの話。
昨日紹介した 第1弾のコンセプトに続いて、第2弾が今日公開されました (〃▽〃)ポッ

チャンジャーハン事務所公式インスタ12/7投稿「第二の鏡:奔」

第二の鏡:「奔(はしる)」
『Main Price』
「奔」――それは「朝露のように儚く、稲妻のように鋭い」。

冷却と加熱に包まれた合金の嵐を打ち破り、
切り捨てられた記憶のかけらは、
狩る者の姿となって、
淡い朝露にそっと触れることもあれば、
果てしない宇宙を揺るがすほどの力にもなる。

張哲瀚 2025年・最新EP『三鏡諭』
配信まで あと3日。

投稿元リンク先はこちら

冒頭に書かれていた「“奔”——“如露亦如电”。」
「如露亦如电(露のごとく、また電のごとし)」

※ここに意味の「核心」があるのよね? ということで、いろいろ調べてみたら
やっぱり深い意味があるみたい… (^-^;

コンセプトは仏教由来の言葉「如露亦如电(露のごとく、また電のごとし)」

如露亦如电(露のごとく、また電のごとし)出典:仏教の有名な一節(『金剛経』)

原文はこれでしたww

一切有為法
如夢幻泡影
如露亦如電
應作如是觀

意味は――

この世のすべての現象(形あるもの)は、
夢や幻、泡や影のようなもので、
露のように儚く、稲妻のように一瞬で消える。
そのように観じなさい。

つまり 「この世のすべては一瞬で消える仮の存在」という無常観を表すフレーズ。

今回の「奔」との関係

EPの2つ目のテーマが:第二鏡:奔(はしる)
そしてそこに:「奔」——“如露亦如电”と書かれています。

これはつまり:
人生・感情・記憶・運命は →露のように消えやすく
でも同時に→ 稲妻のように激しく燃え上がる。
それでも 人は「奔る(走り続ける)」

今回のEPの世界観を一言で言うと

「すべては一瞬で消えると知りながら、それでも全力で生きる」

つまり
「人生は一瞬で消えるほど儚い。
だからこそ、稲妻のように燃え尽きるまで走れ」というメッセージ。

(やっぱり、ハンハンの生きざまとかぶる要素が非常に多い)

→AIを使って調べたんだけど 
ほんとに深い意味があってドビックリでした…Σ(゚∀゚ノ)ノキャー

ということで 本日以上にて^^;
(今日所要あり いつもよりだいぶ早く投稿しています。 夜、何か大きな話題が出てきたら明日ご紹介しますね(^-^;)

ここまでご覧くださりありがとうございましたww

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