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张三坚(チャンサンジャン)氏 3/21の投稿「私の父~あなたがくれた愛は永遠に色あせません」

前回の投稿が削除されて、心配してたのですが…よかった☺
今日、新しい投稿が公開されました (〃▽〃)ポッ

今回もたくさんの話をしてくれています。
ほぼ同時投稿されたTwitterなどなど、もろもろまとめてご紹介します♡

※チャンサンジャン氏は、実はチャンジャーハン氏ではないかといわれている人物ですが、その真偽のほどはわかりません。(今の状況では本人だとしても、明かした瞬間にアカウントが消えるので明かすことができない事情あり)
実際、その真偽がファンの間で論争を呼ぶほど二分されている事実もあります。そのあたりを加味しつつ、各人様でご判断ください。
この投稿が初見の皆様は、これまでのチャンサンジャン氏に関する記事をまとめたカテゴリーを作りましたので、ご参照下さい。>> チャンサンジャン氏の記事まとめ

目次

张三坚(チャンサンジャン)氏 3/21の投稿「私の父」

今日の张三坚(チャンサンジャン)氏の投稿。
ツイッターの投稿、中国のwechatブログに加えて、チャイニーズスターニュースの動画NEWSも出ています。
全部まとめて、ご紹介します。
※本文の和訳については少々難解な箇所がいくつかり、へんてこな部分があるやもしれません。そのあたり加味してご覧くださると助かります。

2022年3月21日13:35投稿 ツイッター

海外のファンにとっては一番最初に目にするのが、ツイッターの投稿ですよね。
こちらが、その投稿です。今回はウイチャットブログのリンク先もついてました^^

和訳 私の父
父よ、あなたは私を育て、私に完璧に幸せな少年時代を与えてくれました。
惜しむことなく、愛の抱擁で健康に成長させてくれました。
あなたが年老いても、私は、私の兄と同じように、あなたの生涯の息子としての私の責任を果たします。
よく会いに行きます。お父さん 愛してます!
投稿元リンク先はこちら

この投稿の 詳細な本文が 以下。ウイチャットに投稿された本文です。

2022年3月21日13:00投稿 张三坚「我的父亲(私の父)」(wechatブログ)

私の父

张三坚 2022-03-21 13:00

「お母さん」の記事(※)で、お母さんのために、言葉で何も書いたことがないと言ったのは、小学生のときに「お父さん」というエッセイを書いたからです。

※3/8に「お母さん」について書いた記事があります。
詳細はこちら(過去投稿)
张三坚(チャンサンジャン)氏 3/8の投稿「今日は女性の日!この記事を私のスーパーヒーロー、母に贈ります」

不思議に思うかもしれませんが、前回の記事で、私は「ひとり親家庭で育った」と言ったのに、「どうして突然父親ができたのですか?」と気になるかもしれません。
おそらく善意のある読者は、ここに隠された意味があるに違いないとすでに推測していると思います。

すべての人、すべての家族は、独自の隠された秘密と独自の「痛み」を持っています。
「お父さん」という話題は、母が言いたくない過去の傷跡と、開けるのに耐えられなかった傷跡が関係しているので、公の場では決して触れませんでした。

ところで、なぜ突然そのような記事を書きたくなったのだろう?
多分、それは神の意志かもしれないし、多分それはチャンスなのかもしれません。

先日、ある先生との会合で、先生は父親との年月を思い出しながら、自分の年老いた父親が、子供たちのためにこれ以上何もできないことを理由に、常に自己非難の気分で自分自身を責めていると嘆きました。

食事中、先生はさりげなく私に尋ねました。
先生は、私が「父のことを思い出したとき、どのように振り返りましたか?」と。

私の父ですか? 私の実の父は、あまり多くの記憶を残さずに、私の心と母の心の中で非常に遠い名前で、記憶さえあまり残っていません。

しかし、私の継父(私の母の2番目の夫)を思い出すと、温かくて力を与えてくれます。
彼の姿を考えると、記憶と感情の扉はもはやこれ以上閉ざすことができませんでした。

その20年前に、私が書いた文章の内容は、私の心の中にとどまっているある場面も含めて、今でも鮮明です。

当時、義父は原付に乗っており、幼い私は前席に座り、兄(義父の実の息子、私とは血縁関係はありません)が後ろの席に座っていました。

交差点を運転中に、突然トラクターに出くわしました。
ぶつかりそうになって、私は急いで目を閉じました!

普段はそんな危機的な瞬間には目を閉じるのが普通です。
もう一度目を開けたらそのとき危険は無事に過ぎ去っていると信じているからです。

(でも)思いがけず今回は例外で、私が目を開けると、兄が横に倒れていて、腕はトラクターにひかれて、トラクターの底にあるとがった部分で腕にとても長い傷がついて血を流していました。

振り返ると、義父も全身が血にまみれていて、起き上がって私を見るのに苦労していました。

この時、急いで頭を下げて自分の状態を確認すると、意外にも無傷でした。
私は少し不思議な気がして、いま起こったすべてが、ただの幻想だと感じました。

父は犯人を捕まえようともがきながら、兄と私の名前を叫び、近くの病院に連れて行こうと努力して初めて、私はショックからゆっくりと回復しました。

後でわかったことですが、父が事故の瞬間、私をしっかりと体でかばって保護してくれたおかげで、私は無事だったのです。
その瞬間、私は最も強力な父の愛、私の人生で私を守ってくれる包括的な大きな父の愛に気づきました。

お父さんの愛は、危険から自分を守ってくれる大きな山のようなものです。
これを書いていると、長年封じ込めていたお父さんの愛が、私の全身で目覚め始めたような気がします。
私の体はいま力に満ちています。

私の父は175cmくらいで、髪は短く、いつも眼鏡をかけています。
彼はあまり話しませんが、声は低くて太いです。

なぜ、そんなお父さんをもつことになったのだろうか?

多分、神は私の祈りを聞いたのでしょう。
母の記憶によると、私が3〜7歳の過去数年間、彼女はシングルマザーとして非常に厳しい生活を送り、上海で勉強しながら、私の面倒をみてくれました。

偶然の機会があって、私は、お母さんの男性の同級生を「お父さん」と呼びました。
この言葉は私の母の心を動かし、子供の頃の私の隠された願いを彼女に知らせました。

母のクラスメートは、母に「子供(私)の願いをかなえるために、誰もいないときは彼を父と呼ぶことを許して、父親に電話するように話し合う」ようにいいました。
それと同時に「将来また家族を作りたいのなら、最初の条件として、まずは子供を愛さなければならない。あなたを愛するだけでは不十分だ。子供を愛さなければならない」と語りました。

それで、母はいつも私を愛することを「配偶者選択の最優先条件」として挙げてきたのですが、誰かが紹介してくれたり、先に誰かが近付こうとしても、すべてこの条件で測定していました。

私が七歳の時、一度不注意で高いところから落ちて、体のあちこちから血を流したことがあるのですが、母は私を抱きしめて悲しそうに涙を流し、私は泣きながら母に言いました。

「僕にお父さんがいたらいいのに!絶対に守ってくれるよ!」
心の底からの泣き声を聞いた母は、その時、私のためにお父さんになる人を探す決心をしました。

そのせいか、神様が私を偏愛したようです。
父は私に「呼ばれ」、兄弟も連れてきました。

以前、誰かが私の母に彼氏を紹介しましたが、私が会ったとき、(その人は)家の中をあちこち見回しただけで、母はすぐにうんざりしてしまいました。
でも、この「父」は、初めてあったときから、私と直接遊んでくれたと母が言うのを聞きました。

このことで、母は彼に連絡を取り始めました。母は、私が最初に父を受け入れ、彼を父と呼んだと言いました。
父は私をとても愛してくれて、母は父と私の関係を育むために、私の生活のささいなことを故意に父に「任せ」ました。

私の記憶では、父は私を殴ることはありませんでした。

(その理由は)第一に、父は私に手をあげることができませんでした。
第二に、家族が再編成されたために、私が「恨みを抱く」ことを恐れていました。

唯一の例外で、父が私を「殴った」とき、厚いダウンジャケットを間において、私を何回か、象徴的に殴ったことでした。その理由は、幼い頃、私が母と喧嘩をしていたのですが、自分は正しいと思っていたので、とにかく過ちを認めませんでした。
子供の頃は気性がとても頑固でした。

それで、母が私を殴りましたが、私は私の間違いを決して認めません。
それで、私は父が私のために「正義の仲裁」をしてくれることを願っていましたが、それでも父は母を擁護して、父が私を殴り、今でも私が決して忘れられない一言を言ったシーンがあります。

「息子よ、私はあなたを愛しています。しかし、私はあなたのお母さんをもっと愛しています!」と父親は言いました。

当時、私はそれが何を意味するのか理解できず、私の心の怒りを鎮めるのに十分ではありませんでした。
私が徐々に賢明になった後、この言葉は今日まで、私のインスピレーションに影響を与えました。

私は若い頃、父が母を尊重し、正しい価値観で私を導いてくれていたことを徐々に理解しました。
父は、私に対する愛情をほとんど(直接)表現せず、彼の愛情はすべて生活の中の思いやりに変わっていました。

父は私をまるで自分のように思って、私の人生に関心を持って面倒を見てくれました。

母もお兄さんにとても親切で、しかも私たちは皆「張」という姓を持っていて、お兄さんも私の名前と関連があるように名前を変えました。

母は家庭問題を処理するのに戦略的で、この家庭を再構成するために、母は私に必要なことをすべて父に任せ、兄の必要なことは母が満たしてくれました。兄さんが勉強する時、成績が良くなければ、お母さんが各科目の指導教師を呼んで、一対一で補習をしてくれました。

この再結合された家族は、外部の人々の目には事情が分からなければ、原始的な生態家族のように見えたでしょう。

10年以上一緒に生活してきた両親は、今まで顔を赤らめて喧嘩したりしたことはありませんでした。
両親はお互いを尊重し、とても愛し合っていました。彼らは、とてもよく調和していました。

父は洗濯をし、母は料理をし、父はとても節約家でしたが、私の父は私の母が必要とするものは何でも惜しみなく、喜んで買い与えました。

母から詳細を教えてもらったんですが、父が母にサトウキビを食べさせるときは、サトウキビの硬い外皮を噛んで(やわらかくして)母に食べさせてくれました。

私は兄と仲が良く、兄はどこに行っても私を連れて行くのが好きでした。
後に、兄が家を出て大学に行ったので、私は兄がとても恋しかったです。

私がベッドに横になったままの時は、母はいつも私を起こすために私に「兄が帰ってきた」と嘘をついて、私は飛び起きていたのを思い出します。とにかく私は兄に会いたくて、兄が家に帰ってくると、私はまるで祝日のように楽しいと言ったことを覚えています。

私が芸術を勉強していたとき、父はよく自転車に乗って送ってくれました。
私が成長したとき、父は私が南昌に行く緑の電車に乗ってプロの先生と一緒に勉強するのをつきそってくれました。
大学の入学試験のときも、父が一緒に随行してくれました。

大学入試の結果が発表されたとき、父は私を城南に連れて行って、新しい服を買ってくれました。
バスの中で同僚にでくわすと、父は同僚に「これは、私の息子です!大学に入学しました!」と紹介しました。
声の調子に誇りがあり、息子が父親を誇りに思ってもらえるのは立派なことです。

私が大学に行ったとき、4人の家族(そして兄のガールフレンド)が一緒に大学まで送ってくれました。
彼らは私がスーパーマーケットで物を買って、部屋を整えるのを手伝ってくれました。
私の一番の思い出の1つです。

大学で勉強した後、大都会の色鮮やかな生活に心を奪われました。
新しい環境と新しいクラスメートは、私にほかのことを顧みる暇を与えず、私は、徐々に父を心理的に遠ざけ始めました。

ある夜、寝室で映画を見ていました。
記憶が正しければ「ブラッドダイアモンド」と呼ばれる映画のはずです。
この映画に、父性愛についての話が出てきます。

映画を見た後、私は父のことを思いだしたのですが、たまたま12時過ぎると父の日だったので、電話を取り、久しぶりに、長い間かけなかった番号をダイヤルしました。

電話がつながると、お父さんは、眠りから覚めたときの口調でしたが、「息子よ、どうしたの? こんなに遅く電話をかけてきて、何かあったのか?大丈夫?」と心配そうに尋ねました。

父の心がこもった思いやりのある言葉を聞きながら、長いあいさつを交わすと、一瞬で涙がこぼれ、震える声を抑えようと頑張って「大丈夫、お父さん、あなたがいなくて寂しいです、ハッピー父の日!眠りに戻って…おやすみなさい。」

(父は)「大丈夫、大丈夫、何か言いたいことがあれば、いつでもお父さんに言うんだよ。おやすみなさい。おやすみなさい」

お互いの声を聞くのがこれが最後だとは思っていませんでした。

私は上海で4年間勉強し、母は兄を深圳に連れて行って一生懸命働き、父は故郷にとどまって元の仕事を続けました。

家族が長期間離れていたため、いくつかの変化が起こりました。

何かがうまくいかなくなり、母に安心感と幸福感を与えてくれたこの家は、いつのまにか消えてしまいました…。
そして、母が恨みを抱いているのではないかと心配していたので、率先して距離を置きました。

かつて私に、無私無欲で温かった、この父。
過去のあたたかくて力強い瞬間を思い出したのは、この先生とおしゃべりをしてからでした。

私は10年間会っていませんし、彼から10年間連絡もありません。
そして、彼はまだ 私が手放すことのできない家族の一員です。

自分を抑えきれなくなりました。
そして「父」を訪ねようと決心しました。

行く前に、母に挨拶しました。
母は心を開いて親切でした。そして、すぐに同意してくれました。

父は同じ声で、眼鏡はまだ彼の鼻の上にありましたが、彼はすでに70代近くで白髪の「老人」です。

兄は、過去10年間、父は私をとても懐かしく思っていたが、当時は「私の人生を邪魔することはしたくなかった」と言っていました。私が彼のことを考えない限りは、彼は姿を消したかのように(していたのだと)。

兄はまた、昨年私に起こった災害の後、『「父」はしばしば彼の義理の娘と孫娘を間違った名前で呼び、私の子供の頃のニックネームで私を呼んだ』と私に言いました。

これを聞いて、父への罪悪感と愛情が胸から押し寄せ、一瞬にして父の愛の重みを山のように感じました!

もともとは、お母さんとの縁が結びつけた、この血縁関係がない愛も風のように舞い散ると思っていたのですが、10年後に再会したお父さんは、変わったのは顔と白くなった髪だけで、まるで山のようなお父さんの愛は、私が気にしているかどうかにかかわらず、私を見守ってくれていました。

私は命がある限り、あなたが私にくれた父性愛は永遠に私の心の中にあり、永遠に色あせないと信じています!

父よ、あなたは私を育てて、私に、完璧に幸せな少年時代を与えてくれました。
私を後悔することなく愛の抱擁で健康に成長させてくださいました。

あなたが年老いても、私は兄と同じように、あなたの生涯で息子としての私の責任を尽くして、あなたに会いに行きます!
お父さん、愛してます!

原文サイトはこちら 

※以下スクショも…(いつ消されるかわからないので保存)

※このブログに書かれている数々のエピソードについて、ハンハンがかつてインタビューや投稿で紹介した話と同じものがあります。後程解説します。

チャイニーズスターニュース
「Zhang Sanjian(チャン・サンジャン)は彼の父の物語を語っています。

この投稿を受けて、いつものチャイニーズスターニュースも。
今日のニュース発信も とても早かったです (;・∀・)

▶Zhang Sanjian(チャン・サンジャン)は彼の父の物語を語っています。

※日本語字幕が出る動画です。前半にとても重要なエピソードが入っています。 

動画の前半に出てくる 重要な箇所。
「かつて チャンジャーハン本人がインタビューを受けた動画」が入っていました。

今日 サンジャン氏がブログで紹介したエピソードです。

この話と同じエピソードがかつての ハンハンインタビューで。。

私が若いころ、父は私を殴りました。彼が私に行った言葉を憶えています。
「私はあなたをとても愛していますが、私はあなたのお母さんをもっと愛しています」

この過去インタビューの後。今日のウイチャットブログの要点を、字幕で紹介したチャイニーズスターニュース。
いまサンジャン氏をめぐるファンダムが乱れてるのを承知の上での 紹介の仕方で、なんだか感心しちゃいました…(余談)

今日のエピソードで チャンジャーハン氏とかぶる点 そうではない点 

今日のブログが公開されてから、あちこちから、
「これがハンハン本人だという証拠」を示すものが出ています。

まずは、上のチャイニーズスターニュースで出た通り。

過去のインタビュー動画で語ったエピソードと、サンジャン氏の話が 完全に同一であること。

そして こちらのハンハン本人の過去投稿。

2011年6月19日の投稿「俳優チャン·ジャーハン代表作<バンスク電気><神彫刻侠客><私は宮狂人>
寝室に戻って董監督が推薦した<血液ドリル>を見たんですが感銘深く、私の父を思い出しました。
ちょうど12時過ぎに父に電話をかけました。
父が電話を受けました。声がとても疲れていました。私は彼を起こしたと思います。
私は父の日おめでとうございます。というと 父は「そんなに遅く 何があったかと思った」というので私は泣きじゃくりました。私の両親は私を愛してくれています

そして お兄さんが描いてくれた 絵を投稿したことも…

2011年2月23日投稿 兄さんが代わりに描いてくれました



チャンサンジャン氏がお父さんの話をするのは、今回が初めてだと思います。
今回の投稿には、私が感じた ハンハンを連想する内容(※1)もありました。

※1:「大都会での大学生活以降、お父さんにあっていなかった」というのは、ハンハンの経歴とほぼ符合します。

以下 チャンジャーハン経歴ウイキペディアより。
1991年5月11日、江西省新余市渝水区で生まれる。2008年に上海戯劇学院に入学。
2010年、『怎麼会愛上你』でテレビドラマ初出演。(=大学在学中)
2012年、『詭愛』で映画初出演を果たした。(=卒業した年)

また サンジャン氏が芸術を学ぶためにプロの先生の指導を受けていたこと
過去の別投稿でも、演技を学んだこと、演技論について詳しい投稿をしています。

そして実際、ハンハンが学んだ上海戯劇学院は 俳優を目指す人にとって名門中の名門。
「北京の中央戯劇学院・北京電影学院と並ぶ話劇を中心とした演劇の最高学府として名高い」ウイキより
合格したときにお父さんが同僚に自慢したのもうなづける大学です。


サンジャン氏が語った「先生との会合」「先生が話したお父さんの話」
先日投稿で紹介した、李学政氏のお父さんの話とかなりかぶっています。もしかしたらこの会合は李おじさんとの会合かもしれません。(私見です) 

このような感じで チャンサンジャン=チャンジャーハン。
こう思う内容がどんどん増えています。

ただ、もちろん、信じる、信じないは 各個人個人の判断です。
ハンハン本人の話と 合致するのかどうか わからない部分も1か所ありました。

※2:ハンハンママの過去投稿で、お父さんは2016年に亡くなったという一文がありました。これは実のお父さんのことをさしているかもしれませんが、この辺の話の真偽はよくわかりません。

チャイニーズスターニュースのコメントに、「彼の実のお父さんが2016年に亡くなったんです」と書いてらっしゃる方がいましたが…この点は「彼をハンハンだとは認めない」と言ってる方の突っ込みポイントになっているという事実はあります。 

いずれにしても、このような感じで 今回も、いろいろ論議される箇所はあります。

あとは個人の判断だと思います。
いま SNS上のファンダムでの争いに 日本の方はほとんど参加されていないので 何度も書くのはどうかな…とは思うのですが… やっぱりこの言葉が 一番私の心に響いた言葉なので、もう一度ご紹介して この話題を〆ます。

彼がそうであるかどうかにかかわらず、チャンサンジャンを攻撃する人々は、
最終的に自分自身に問いかけ、答える必要があります。


チャンサンジャンは実際に、何かしましたか?何もしていません。

結局のところ、それが本当にチャンジャーハンだったら、どうするのですか?
もし彼が、チャンジャーハンだったら、あなたは彼に何をしたのですか?

もし彼だと思うなら、読んで、他のファンと一緒に記事を楽しんでください。
もし彼ではないと思うなら、無視してください。


あなたの考えに従わせるために、他のファンをいじめる必要はありません。

(前々回のチャイニーズスターニュースにコメントされた方の投稿文和訳でした)


2022年3月21日 このほかの話題(チャンジャーハン&ゴンジュン)

さて!このほかにも少し話題あり。羅列式でご紹介します。

メモリアルチャンジャーハン♡ 2021年3月21日 1年前の投稿

まずは1年前の、チャンジャーハン&工作室(事務所)投稿。
メモリアルでご紹介します。

和訳 周子舒@チャンジャーハン 天窗に戻る道はどんなにせっぱつまればすべて覆されるだろうか。
ps今日は福祉を積極的にプレゼントする日ですよ!

そして工作室からも。

言葉で言い表せない(/ω\)
ボスチャンジャーハン 合間を縫って興をそえる
美しすぎる チャンジャーハン…
こういうベールを使うと、なんだかさらに美貌が際立ちますww

こちら 広告の完成版。

これがたった1年前とは… この1年。彼に起こった激変を思うと胸が痛む…😢

レコードチャイナの記事とムービースター 感想を少し…

すでに長文なのですが 少しだけ。まずは、一昨日発売だった「ムービースター」。

皆様のベストシーン 入っていましたか?(〃▽〃)ポッ

ネタバレさせてはいけないので ランキングは語りませんが…(^-^;
なかなか順当な ランキングだなぁと思いつつ 1位は ちょっと意外でしたww

でも それだけ印象に残るシーンが多いってことかなと 思ったり。
とにもかくにも 視聴済みの方は特に必見の企画で 大満足! 超おすすめです。
(ちなみに私が投票したシーンは2位でしたww)

※書店&amazonでも販売中 >> amazonリンク先はこちら

そしてもう1つ。レコチャイの記事の話。

「山河令」俳優のカムバックの見通しは?「不行跡タレントの不正復帰許さず」と当局―中国
記事リンク先はこちら

この記事が おいおい!! なんかすごい突っ込みどころ満載なんだけど!!怒
と憤慨してたら… 山河令のインタビューなどを和訳されてるlucasさんがすごく共感するコメントを入れてらして。

ちょこっと引用させていただきます。

うーん、多分根本的なものが違うので、そもそもとして並べるのはおかしいかと。違法行為である脱税で封殺されるかもしれない方と、ネットのバッシングが過熱しすぎた結果きちんと事実確認がなされないまま封殺された方とでは、スタート地点から状況まで全く異なります…並べて比べるべきではないです
投稿元リンク先はこちら

→もうこのコメントを見て 「はぁ~そうなの!そうなのよ!!」と思いました。

813って 仕掛けたのは 水軍とか黒公とかcapaとか闇の組織かもだけど…
その火ダネに乗せられて、大炎上したのは 一般のネットユーザーなんですよね…(;´д`)

その加熱しすぎた世論を理由にして…
きちんと事実確認しないまま、たったの2日で封殺されたんですよ…😡(腹が立ってきたww)

このlucasさんのコメントは それを簡潔に書いてくださってて本当にすごいと思いました。
深く感謝申し上げます <(_ _)>

ゴンジュン 今日の緊急本人投稿

そして最後は今日の ジュンジュン。
夕方 私もTVニュースで見て 驚いた案件でした。

ゴンジュンコメント和訳:無事でいてください🙏🙏🙏
@中央テレビニュース
[#広西藤県で旅客機事故発生#人命被害は不明]広西応急管理庁によると、東航所属の133人乗りボーイング737旅客機が広西梧州藤県で墜落し、山火事が発生した。現在、救助隊が集結して接近中であり、人命被害は確認されていない。

→飛行機墜落事件のニュースへのコメントです。
飛行機の墜落とは、なんという大惨事…😢 早く事態が収拾できることを祈っています。


今日はとても長い文章になり 恐縮です。ここまでご覧くださりありがとうございました <(_ _)>


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