昨日ご紹介したハンハンの卒業式ビハインド。
なんと、またコーラのドゥインチャンネルから第2弾VTRの公開あり♪
加えて、張ママが、卒業式のことを書いた新作ブログも登場。
もろもろまとめてご紹介します。
ママの愛猫コーラチャンネル「チャンジャーハン卒業式」第2弾ビハインド
ではでは さっそく。コーラのドゥインチャンネルで公開された第2弾。
転送してくれた Youtube投稿からご紹介しますネ。
コーラチャンネル「チャンジャーハンの卒業式ビハインド映像」第2弾
※上の映像がうまく表示されていないときは、こちらから飛んでください。

ハンハンの卒業式当日の様子が たくさん盛り込まれた ビハインド♪



感動が伝わってきますネ (/ω\)ww
ハンハン 卒業おめでとう!!
で、このコーラチャンネルからの映像。本当はもう1本あって…
Youtubeでは まだこの動画しか見つけられてないんだけど…(^^ゞ
↑この上段が 最初の動画にはなかった部分。
※Xで転送してくれてる海哲さんもあり。リンク先だけおいときますネ
>>ここから飛べます
チャンジャーハンのママがブログ更新!「卒業式に寄せて」
そして 昨晩遅く。ハンハンのママがブログを更新!
卒業式の話が出てくる記事を公開してくれました(〃▽〃)ポッ

またしても 結構な長文なのだけど… よかったら読んでみてください。
ママブログ6/15投稿「一着のチャイナドレスに、栄光をのせて」全文和訳
『一袭旗袍,载满荣光』
一着のチャイナドレスに、栄光をのせて 2026年6月15日21時53分更新
人はチャイナドレスについて語るとき、
多くの場合、体のラインを美しく見せ、
気品を引き立てる上品な衣装として捉えているようです。
しかし私にとって、チャイナドレスは
決して単なる外面的な衣服ではありません。
それは数千年にわたる東洋の気韻を宿し、
それ自体が厳かな儀式感を備えた
中国式の正装です。
その本質には、中華の人々が持つ、
内に秘めた強さと粘り強い気骨が刻み込まれています。
私は人生の大半を、肩の力を抜いた、
「シンプルで自由な生き方」を
好んで過ごしてきました。
昔から複雑な装いを窮屈で
煩わしいものと感じており、
チャイナドレスの持つ優雅で端正な雰囲気は、
きっと自分の気質とは
相容れないものだと思っていました。
私は家族の長女として生まれ、
幼い頃から両親の負担を分かち合い、
弟や妹の面倒を見てきました。
そのため、早くから自立心が強く、
負けず嫌いで、
地に足のついた質朴な性格が身につきました。
農村へ下放された時代には、
毎日働き続け、
ただ生活を維持することだけを願っていました。
都市へ戻った後は、公安部門や組織部門で職務に就き、
長年にわたり制服や質素な服装で過ごしてきました。
そうした経験を通じて、
簡素で節度を保った生き方が、
私の人生の基調となったのです。
若い頃はいつもズボンに
木綿の服を着ていましたし、
年齢を重ねてからも、
変わらず短髪に薄化粧のままでした。
外見に縛られず、
自分の心に従って生きることに慣れていたのです。
チャイナドレスは仕立てが整い、
上品で柔和な趣を備えています。
そしてそこには自然と、
端正さや節度という一種の規律が伴います。
そのため、もともとの私の性分とは
相反するものだったのです。
故郷へ戻り旧友たちと再会した際、
姉妹たち※はチャイナドレスを身にまとい、
その姿はとても優雅で美しかったです。
🌟※この文で出てくる姉妹は、仲の良い女友達・女性の友人たちという意味。
私は心から、
その古典的な美しさを称賛していましたが、
自分で着てみようとは
どうしても思えませんでした。
――私にとってチャイナドレスは、
むしろ本来の自分を縛る枷のような存在だったのです。
姉妹たちは何度も
「あなたが着たら
きっとまた違った魅力があるはず」
と勧めてくれました。
しかし私は、自分の体型が
ややふくよかであることを気にしており、
チャイナドレス特有の気品を
着こなせないのではないかと思い、
そのたびに笑顔でやんわりと辞退していました。
けれど私は、この半生にわたって、
着ることを拒み続けてきたチャイナドレスが、
後に、私の「人生の栄光を刻む記念の品」
になるとは夢にも思っていませんでした。
息子の人生における
二つの輝かしい瞬間を見届けるために、
私はついに自ら進んで二度、
チャイナドレスを着ることになったのです。
そして最高の格式をもって、
その強い儀式感とともに、
息子が数々の困難を乗り越えて勝ち取った
「すべての栄光」を、しっかりと受け止めました。
この二着のチャイナドレスは、
もはや単なる衣服という意味を超えています。
そこには繊細で深い母と息子の愛情が込められ、
若者が夢を追い続ける
「真摯な初心」が刻まれています。
そしてまた、
一人の普通の人間が自らの信念を守り、
外へ向けて声を発する責任と
使命感も託されています。
それは私だけの、
温かく重みのある人生の記念なのです。
初めてチャイナドレスを着たのは、
オランダのアムステルダムへ赴き、
国際映画祭の授賞式に出席した時でした。
息子が監督したドキュメンタリー映画『八月』は、
彼自身が、ネット上での誹謗中傷によって
深く傷つき、
人生のどん底へ突き落とされた
実体験を土台として制作された作品です。
作品全体は、「生き延びた後の人生」
「自己救済」「そして自分自身との和解」
を中心テーマとして描かれています。
エンディングに登場する
「活下去,走下去!
(生き続けろ、歩み続けろ!)」という、
わずか六文字の言葉は、
極限状態の中で
生き抜こうとした彼自身の心の叫びであり、
人生で最も暗い時期に
自らを支え続けた信念でもありました。
彼は山や川を巡り歩き、
広大な自然や人々の暮らしの中で
傷を癒やし、
心の秩序を再び築き上げていきました。
そして最終的に、
精神的な自己治癒と再生を成し遂げたのです。

映画は過度な演出や脚色を排し、
素朴な映像表現によって、
生活の苦しさに
押しつぶされそうになりながらも
歯を食いしばって
前へ進む人々の姿を記録しています。
そこには人間味あふれる温かさが満ちており、
逆境にも屈しない
中国人の精神的な本質が鮮やかに描かれています。
また、繊細で温かな情感と、
国家や社会を見つめる
大きな視野をあわせ持っており、
その人の心を深く打つ
ヒューマニズムあふれる作品性は、
国内外の審査員や観客たちの共感を呼びました。
『八月』は、その確かな作品力によって、
ARFFアムステルダム国際映画祭で
年間最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。
その後も続けて12の国際賞を獲得し、
インターネットでの
総再生回数は2,500万回を突破しています。
そして今もなお、世界に向けて
「真実味と温かさに満ちた中国の物語」
を伝え続け
「決して諦めない中国精神」
を発信し続けているのです。

この海を越え、
山を越えてもたらされた国際的な栄誉は、
決して幸運によるものではありません。
それは彼が批判や中傷に耐え、
情熱を貫き、黙々と努力を
積み重ねてきた結果なのです。
私は、彼が長い年月をかけて成し遂げた
「自己救済の歩み」に敬意を表し、
世界の舞台で輝く姿をこの目で見届けるために、
長年抱いてきたこだわりを手放し、
生まれて初めてチャイナドレスを着ました。
そして東洋ならではの
優雅な気品をまといながら、
彼の長年にわたる努力に応えたいと思ったのです。
この国際的な授賞式は、
単に息子一人の晴れ舞台ではありませんでした。
そこには、ごく普通の中国人が持つ
「国家への誇りと自信」も込められていました。
授賞式の大型スクリーンには彼の名前が映し出され、
その傍らにははっきりと「中国」の二文字が記されていました。
私はチャイナドレスを身にまとい、
異国の地に立ちながら、
ずっしりと重いトロフィーを受け取りました。
その瞬間、安堵、感動、
そして誇りが一度に胸に込み上げてきたのです。
この海外で受賞した国際賞は、
彼個人が夢を追い続け、
苦難を乗り越えて再生した成果であると同時に、
新時代を生きる中国の若者たちが理想を胸に
成長していく姿そのものでもあります。
そしてまた、
多くの平凡な中国人が
不屈の精神で前進し続ける姿の縮図でもあるのです。
映画は、深い人生哲学を伝えています。
人生に平坦な道ばかりが
続くことはほとんどありません。
浮き沈みや苦難、
風雨にさらされることこそが常であり、
批判や重圧、どん底の苦しみもまた、
人が成長するために避けて通れない試練です。
本当の強さとは、
一生「順風満帆」であることではありません。
何度挫折しても立ち上がり、
絶望的な状況でも決して後退しないことです。
困難を多く経験するほど、
人の心はより強く、
より揺るぎないものになっていきます。
そして嵐を乗り越えてこそ、
初めて光に出会うことができるのです。
極限状態の中で自らを癒やし、
太陽へ向かうように
前進し続けるその粘り強さは、
息子が夢を追い続けてきた
全過程を貫いているものでした。
世界の舞台に立ったあの瞬間、
私はようやくチャイナドレスが持つ
数千年の歴史の奥深い意味を
理解したように思いました。
それは決して表面的な装飾ではありません。
チャイナドレスとは、
中華文明の伝統を形として表したものであり、
東洋人が持つ優しさ、慎み深さ、
落ち着き、
そして、しなやかな強さを体現する存在なのです。
中国では
大学入試(高考)の試験会場の外で、
子どもの成功を願って保護者が
チャイナドレスを着ることがあります。
これは単なる流行ではなく、
中国人の心の奥深くに刻まれた
「温かな儀式」なのです。
そこには、努力と汗への敬意があり、
未来への期待があり、
その思いは世代を超えて
受け継がれていきます。
一着のチャイナドレスには、
文化の継承が託され、
あふれるほどの願いが込められています。
そしてそれは、人々の心の奥底に
根付く文化への自信と
民族への信念を支えるものでもあるのです。

その時、一着のチャイナドレスは
一人の青年の栄光を支え、
その揺るぎない気骨は
国際舞台に鮮やかに姿を現しました。
かつて私の心につきまとっていた
窮屈さや束縛感は、
この重みある栄誉の前で
すっかり消え去り、
胸に残ったのは深い敬意と真心だけでした。
私が身にまとった、この中国の伝統衣装は、
数千年にわたる文化の継承そのものであり、
息子が汗と努力によって勝ち取った
成長の勲章でもあります。
それはまた、一人の青年が夢を追い、
祖国に貢献しようとする
誠実な責任感の表れであり、
さらには中華文化への自信が
世界へ向かって発信される、
静かで力強い宣言でもあったのです。

二度目にチャイナドレスを着たのは、
6月13日に香港を訪れ、
香港城市大学のDBA(経営学博士)
およびEMBA(管理職・経営幹部向けMBA)の合同卒業式に出席した時でした。
これは彼の人生における、また一つの大切な節目でした。
3年間の学びの道のりの中で、
彼は映像・映画への理想を守り続け、
創作活動への情熱を失うことなく歩み続けました。
その一方で、書物に向き合い、
熱心に学問へ取り組みながら知識を積み重ね、
自らを磨き続けました。
そして着実に前進し、無事に学業を修了して、
人生の新たな旅路へと歩み出したのです。
卒業式は厳かで盛大に執り行われ、
会場全体が強い儀式感に包まれていました。
学位服に着替え、記念撮影を行い、
列を作って入場することから始まり、
全員が厳粛に起立して国歌を斉唱し、
その後、一人ひとりの学生が壇上で学位を授与されました。
そのどの場面も厳粛で神聖な雰囲気に満ちており、
人の心を奮い立たせるものでした。
会場には学生たちの家族も大勢出席していました。
年老いた両親の姿もあれば、
人生を共に歩む妻の姿もあり、
まだあどけなさの残る子どもたちの姿もありました。
誰もが誇らしさと喜びに満ちた表情を浮かべていました。
もちろん私も同じでした。
壇上に立つ見慣れたその姿を見つめながら、
胸の奥から大きな誇りが自然と湧き上がってきました。
――私の息子は、またしても自らの汗と努力によって、
自分自身の栄光を勝ち取ったのだ、と。
この栄誉は彼個人だけのものではありません。
社会からも広く認められたものでした。
『香港経済日報』も卒業生たちの修士号取得を祝し、
その写真を紙面全面に掲載しました。
※誌面に掲載された写真は過去投稿で紹介しています>>詳しくはこちら
そして学業を成し遂げた喜びを、
長く記憶に残る公共の記録として刻み残したのです。
私は長年、シンプルな服装を好んできました。
前回用意したチャイナドレスは生地が厚く、
スーツでさえ香港の真夏特有の蒸し暑さには
耐えられそうにありませんでした。
何度も考えた末、
私は再びこれまでの服装の習慣を破り、
軽やかで上品、
そして端正なチャイナドレスを選びました。
中国の伝統衣装ならではの優しさと
厳かさをまといながら、
彼が学業をやり遂げ、
無事に卒業の日を迎えたことを見届け、
三年間にわたる学問への真摯な努力に
敬意を表したかったのです。
卒業式の会場で、
私は一着のチャイナドレスを身にまとい、
この人生の大切な瞬間に
最も真心を込めて立ち会いました。
この東洋の趣を宿した衣装は、
母として贈る最も深い祝福であると同時に、
中華文化が国際的な学びの場でそっと花開く、
最も優しく美しい表現でもあったのです。

卒業式が終わった後、
その日の夜には
DBA・EMBA合同の卒業祝賀パーティーも開催されました。
ステージでは龍舞や獅子舞が
躍動感たっぷりに披露され、
中国伝統文化の魅力が存分に表現されていました。
また会場では、
参加者全員が周華健の名曲
『朋友(友よ)』を声を合わせて歌いました。
懐かしいメロディーが会場いっぱいに響き渡り、
卒業による別れの寂しさを表すと同時に、
学友たちとの
かけがえのない友情を見届ける時間ともなりました。
学員たちも次々と卒業のスピーチを行い、
学びの道のりで得た経験や気づきを語りながら、
未来に広がる無限の可能性について
思いを巡らせていました。
その瞬間、会場には笑顔と温もりがあふれ、
感動と希望が交錯していました。
そこにいた誰もが、この盛大な節目の中で、
これまでの自分に別れを告げ、
新たな人生へ向かって歩み始めていたのです。

二度の例外、二着のチャイナドレス、
そして二度の熱い栄光。
一度目は、分野の垣根を越えて夢を追い、
海外で高く評価された輝かしい瞬間。
二度目は、学問に打ち込み、
自らを磨き続けた成長の節目でした。
他人の目には、チャイナドレスは
ただ優雅さを添える装いに過ぎないかもしれません。
しかし私にとっては、
子どもが成長していく
歩みを見届けた「温かな証」であり、
母の愛が込められた、
誇りを刻む特別な勲章なのです。
華やかな外見をすべて取り払った先に残るのは、
歳月が与えてくれた重みある贈り物であり、
母と子の間に流れる
純粋で尽きることのない温かな絆です。
逆境にも屈せず、
長い年月をかけて努力を積み重ねるその強さは、
息子の成長の過程全体を貫いています。
『八月』の制作によって
数々の国際賞を受賞したことも、
学業に打ち込み、
大学院課程を無事に修了したことも、
その一つひとつの輝かしい成果の裏には、
人知れぬ努力と何度も重ねられた研鑽がありました。
今回の学業修了は
決して人生の終着点ではありません。
それは、自らをさらに高め、
新たな世界へ踏み出すための新しい出発点なのです。
これまで経験したあらゆる苦労や試練は、
これからの人生を歩んでいくための確かな力へと変わりました。
どうかその誠実さと粘り強さを胸に、
広い人生の大地を着実に歩み続けてください。
地に足をつけて努力を重ね、
これからも輝き続けてほしいと願っています。
この世のあらゆる輝かしい栄光は、
決して偶然の幸運から生まれるものではありません。
あるのは、ただ来る日も来る日も積み重ねる
地道な努力だけです。
逆境からの再起も、
天賦の才能によるものではありません。
どん底にあっても初心を失わず、
批判にさらされても自分の道を信じて進み続け、
風雪を経験してもなお、
情熱と純粋さを失わないこと
――その積み重ねが道を切り開くのです。
逆風の中でも前へ進み、
絶望の中でも根を張り続ける普通の人々の力こそが、
最も心を打ち、最も尊いものだと思います。
人生の半分以上を風雨の中で過ごしてきましたが、
それもまた修養だったのかもしれません。
長く守り続けたものには、やがて甘い実りが訪れます。
私は半生を、自分らしさを大切にし、
自然体を尊びながら生きてきました。
それでも二度だけ、愛する我が子のために例外を作り、
チャイナドレスを身にまとってその栄光を迎えました。
そして今になってようやく、
チャイナドレスが持つ
最も素朴な本質を理解したように思います。
それは容姿や体型のためでもなく、
優雅に着飾るためでもありません。
そこに込められているのは、
情熱であり、守り続ける心であり、
受け継がれるものへの敬意であり、そして栄光なのです。
それは母親による優しい支えであり、
歳月からの惜しみない贈り物であり、
平凡な人生の中に生まれた、
かけがえのない勲章なのです。
心の奥には尽きることのない願いがあります。
どうかこれからも長い歳月の中で、
私は何度でもチャイナドレスを着て、
あなたが積み重ねていく栄光を
迎えることができますように。
そして静かに見守り続けたいのです。
歩みを止めることなく、
光を追いかけながら遠くへ進み、
輝かしい人生を歩んでいくあなたの姿を。
若者には、自ら向かうべき山や海があります。
その前には、果てしない道のりが広がっています。
どうか誠実な初心を忘れず、
愛するものを守り、心を落ち着け、
勤勉に努力を重ね、勇敢に前へ進んでください。
どん底は人を鍛えるための試練であり、
批判は人を磨くための砥石です。
風雨は人を成長させます。
長い道のりを恐れる必要はありません。
人の目を気にする必要もありません。
地に足をつけて自分を磨き、落ち着いた心で遠くを目指してください。
時はいつも公平です。
真面目に努力を続ける人を決して裏切りません。
歳月はいつも優しく、
誠実に光を追い続ける人を見捨てることはありません。
人として大切なのは、純粋な心を持つこと。
大切なのは、続けること。
そして何度失敗しても立ち上がることです。
十分な強さと自律心を持ち、
十分に優れた人間になれば、
あらゆる困難は未来への礎となり、
あらゆる試練は胸に刻まれた勲章へと変わります。
あなたの前には大きく開かれた未来があり、
たくさんの素晴らしい出来事が待っています。
この二着のチャイナドレスは、あなたのために着たものです。
そこに封じ込められているのは、
過去の輝かしい瞬間だけではありません。
母親の尽きることのない願いと、
静かな見守りも包み込まれています。
あなただけのこの熱い栄光は、
やがて長い人生を支える
最も確かな力となるでしょう。
そして風雨を乗り越え、山や海を越え、
新たな挑戦のたびに太陽へ向かって
成長し続ける
あなたを支えてくれるはずです。
いつまでも誠実で、情熱を失わず、
輝かしい未来へ向かって歩み続けてください。
私は心から願っています。
これからの人生で、あなたが新たな成果を次々と手にし、
さらに高い頂へと登っていくことを。
そして私が再びチャイナドレスを身にまとい、
その場に立ち会い、
この目であなたの新たな栄光を見届けられる日が来ることを。
チャイナドレスの話で始まった、今回の記事。
ママのハンハンを思う気持ちと、深い愛があふれんばかりで 本当にすごかった…(じ~ん)
(ママが感じたいろいろな気持ち、ファンの想いも同じですよね😢)
ハンハンの努力がおおいにむくわれる世の中になりますように。
心の底から願っています。
ではでは今日はこのへんで。ここまでご覧くださりありがとうございましたww
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