つい最近も ハンハンとアメリカ旅行に行っていたママ。
今日は 久しぶりに更新された ハンハンママのブログをご紹介しますネ。
よかったら 読んでみてください♬
チャンジャーハンのママ、ブログ更新!「私と私の孤独」
昨日 ハンハンのママが更新したブログを 全文和訳でご紹介します。
実は 今回は とくにハンハンの話は出てこないのだけど
いつも思慮深い文章を書く、ママらしい文章でした (〃▽〃)ポッ
チャンママのブログ5/1投稿|星々の間でささやき、沈黙の中で満足する – 私と私の孤独

星々の間でささやき、沈黙の中で満足する – 私と私の孤独
4月の清明節の時期に、
私は故郷に帰って両親に敬意を表しました。
見慣れた通りの輪郭は変わり、
昔からの顔はほとんど見られなくなりました。
新しい人々の顔も、
だんだん見慣れないものになっていきます。
私は両親の墓の近くに、
100年後も安らかに眠れる場所を見つけたいとずっと思ってきました。
そうすれば、私の魂は異国の地で孤独にさまようことなく、
両親と一緒にいられるからです。
何度も検索し、友人にも助けを求めましたが、無駄でした。
街角の両親の墓石の前に立っていると、
心の中に空虚な気持ちが湧き上がってくるのですが、
それをどう表現したらいいのか分かりません。
その奇妙で悲しい感情は、
おそらく「孤独」と呼ばれるものでしょう。

この騒々しく、複雑で忙しい世界において、
私たち一人一人は、
人々の「広大な海」に漂う、小さな船のようなものです。
私たちの周りには、絶えず人々が行き来し、
騒音は絶え間なく続いています。
しかし、孤独はいつまでも残る影のようなもので、
避けることのできない深い命題です。
時には、それは山中の穏やかな霧のように、
私たちが気づかないうちに、
静かに私たちの生活の中に浸透していきます。
時には、それは激しく痛烈な嵐のように
突然私たちの心に強い衝撃をもたらします。
孤独は私たちが生まれながらに持つ、
独特の「遺伝子」であり、
常に私たちと「共に」あります。
最初は、恐怖と抵抗を感じていましたが、
後には、それと調和して生きるようになりました。
孤独は、私たちの魂の成長と変化を目の当たりにするとともに、
「人生の真の意味」を絶えず探求するように導いてくれます。
■孤独を恐れるが、誰もが一人で生まれてきた
誰でも孤独を恐れる時があります。
それは心の本能的な抵抗です。
人生の旅は、孤独への恐怖と、
仲間を求める欲求から始まります。
私たちは生まれた瞬間から、
この広大な世界に、一人で立ち向かわなければなりません。
当時、両親の温かい抱擁は、
あらゆる不安に対する私たちの確固たる避難所でした。
私たちも社会に出ると、
忙しい仕事や複雑な人間関係の中で、
自分の帰属意識を見つけようと、一生懸命努力しました。
年を取るにつれて、
「人生の移り変わり」を、より深く感じるようになるため、
「孤独に対する恐怖」が増すのかもしれません。
孤独を感じるたびに、
時間は取り返しがつかず、
この世での「自分の日々」は、
もう長くないかもしれないと実感します。
人生の終わりに対する漠然とした不安は、
孤独と絡み合っていて、
その心を恐怖と不安で満たします。
高齢者は、家族との交流をより強く望んでおり、
温かいコミュニケーションを通して
「孤独の苦しみ」を忘れ、
再び「人生の意味と温かさ」を見出したいと考えています。
でも、時には、賑やかなパーティーや
混雑した人混みの中にいても
心の中に孤独感が押し寄せてくることがあります。
—私たちは皆、孤独を恐れ、一人でいることを恐れています。
私たちは、自分の内なる脆さに向き合い、
人生のはかなさ、
広大な宇宙における「個人の無意味さや無力さ」を
感じなければなりません。
しかし、人生のあらゆる瞬間、あらゆる段階で、
私たちは皆、孤独から逃れることはできません。
どれだけ怖くても、その意志があってもなくても、
悲しみであれ喜びであれ、
それを自分で経験しなければなりません。
塵を後に残して、
年月を濃いお茶にして、
自分でほこりを払い、自分でそのお茶を飲んで、
心に滴らせてください。
楊江先生(※中国の作家)は100歳のとき、こう言いました。
「私たちはあれほど、運命の浮上を待ち望んでいましたが
結局、人生で最も美しい景色は、
心の平穏と落ち着きにあることに気づきました。
私たちはかつて外の世界から認められることを切望していましたが、
結局、世界は自分自身のものであり、
他人とは何の関係もないことに気づきました。
歌にも、ある通りです。
「孤独は一人の人にとってのお祭り騒ぎであり、
お祭り騒ぎは集団にとっての孤独である」
「私たちは常に孤独と向き合わなければならず、
常に孤独とともに踊ることを、
学ばなければなりません。

■孤独を受け入れることは成長への目覚めである
人生の道のりは長く、常に誰かがそばにいることは不可能です。
時が経つにつれ、私たちは
孤独が季節の移り変わりと同じくらい
「自然な人生の一部」であることを徐々に理解するようになります。
そうして、私たちは孤独を受け入れることを学び始めます。
これは無力な妥協ではなく、
人生の真実に対する、深い洞察です。
孤独を避けるのをやめて冷静に向き合うと、
孤独は想像していたほどひどいものではないことに気づくでしょう。
それは鏡のようなもので、
私たちの内面の本当の姿を、はっきりと見ることができます。
一人でいる間に、私たちは自分自身と和解し、
自分の不完全さを受け入れ、
自分の本当の「内なるニーズ」を解釈することを学びます。
私たちは、誰もが独立した個人であり、
独自の「人生の軌跡」を持っていることを理解し始めます。
一人でしか歩けない道もあれば、
一人でしか鑑賞できない景色もあります。
孤独を受け入れることは、
私たちの精神的な成長における「重要なステップ」です。
それは私たちを、外部の交友関係への「過度の依存」から解放し、
私たち自身に戻り、再び、自分自身を知ることを可能にします。
私たちは心の奥底で「自分自身の声」を見つけ、
自分自身に語りかけます。
たとえ私たちが海の中で、
52 Hz で歌っているクジラのようであっても、
私たちは、自分自身の歌を持つことができます。
たとえ人生が孤立した島であったとしても、
私たちは「自分の筆」を使って、
山や湖、料理の火から出る煙、星などを
描くことができます。
これは私だけに属する完全な世界です。
孤独が背景色ですが、そこはカラフルでもあります。
日常生活では、たとえ一人であっても、
私たちは「出かけて」
山に道を切り開き、水上に橋を架け、
ボートを漕いで波を突き破らなければなりません。
前進するための鍵は、
どれだけ高く、どれだけ遠くまで進むかではありません。
あらゆるユニークな瞬間を体験することです。
あるいは、旅の途中で人々や物語に出会い、
それが私たちの「人生の軌跡」を埋めるかもしれません。
たとえ棘に遭遇しても、
諦めずに進み続けることが勝利なのではないでしょうか?

■孤独になることを学ぶことは知恵の蓄積である
孤独を受け入れた後は、
さらに一歩進んで、「孤独とともに生きる知恵」を学ばなければなりません。
役に立つ人間になりたければ、
孤独や孤立に耐えられなければなりません。
孤独な時間は、「自分の好きなことに集中する自由」が増えます。
私たちは知識の海に浸り、
古典作品を次々と読み、
国内外の古今の賢人たちと、
精神的な対話をすることができます。
絵画、音楽、書道などの新しいスキルを学んで、
生活を、より豊かにすることができます。
心を落ち着かせ、深く考えると、
心の謎を探ることができます。
こうして私たちは孤独と共に生き、
外界の雑音や干渉に惑わされることなく、
「孤独の中でも平静を保つ」ことを学ぶのです。
孤独は、私たちに独立して考えることを教え、
強い意志と自制心を養う、良い教師となります。
孤独の中で、私たちは、
「自分自身の内なる声」に耳を傾け、
他人の意見や選択に盲目的に従わないことを学びます。
自分の主義と信念を貫き、
より自立した自信のある人間になりましょう。
孤独は強力です。
この力は破壊や悲観主義にあるのではなく、
フィルタリングと収集、ノイズを除去して、
「自分自身を集める」ことにあります。
人生に追われて疲れ果てた自分が、
「内なる自分に戻る道」を見つけられるように。
それは私たちがもっと現実的で集中力を高め、
自分の内なる道から「望む未来」に向かって歩むことを可能にします。
孤独とは「私」をある原点に戻してくれます。
外の雑音や荷物を置き、
自分の心に身を委ね、
「人生の軌跡」を一歩ずつ歩んでいきましょう。
点が線になり、線が円になるように…。
たとえ回り道をしても恐れることはありません。
「人生は方向転換を恐れない。
あなたの環境があなたの将来を決めることはできませんし、
あなたのプロセスが、あなたの将来を決めることもできません。
あなたの心の望みがあなたの未来を決定します。
「いつか、私たちは完璧に到達できるかもしれません」

■孤独を楽しむことは人生の贈り物
孤独を楽しむことは、ゆったりと、平和で、
遠大な心の状態です。
それは平和で幸せな状態であり、
「人生の甘美さと美しさ」を味わうことができます。
孤独な時間には、山や森の中を歩き、
鳥のさえずりに耳を傾け、
花の優雅な香りを嗅いでください。
自然の静けさと活力を感じてください。
静かに窓辺に座って、
雲が流れていくのを眺めることができます。
自由に考えを巡らせ、想像の中で宇宙の謎を探求しましょう
芸術的な創作活動に没頭し、
心の中の美しい風景を筆で描くことができます。
言葉を使って自分の心の奥底にある感情を表現し、
音符を使って人生の音楽を演奏しましょう。
孤独は、私たちの魂との深い対話を可能にし、
心の奥底にある創造性やインスピレーションに触れさせ、
私たちの人生をより輝かせてくれます。
孤独は、他人の視線や評価から解放され、
世界を超越した一種の自由を体験し、
本当の自分になれる機会を与えてくれます。
孤独の静けさの中で、
私たちは人生の充実感と満足感を感じ、
人生のあらゆる小さな美しさに感謝します。
孤独は自閉的ではありませんし、
世界から孤立していることを意味するものでもありません。
代わりに、自分自身に一人になる機会を与え、
自分自身を認識し、人生を愛し続けてください。
私たちは広い心を持ち、詩や遠い場所も持っています。
私たちは、強くて愛想の良い自己と、
他人の温かさを感じる能力を持っています。
ポジティブなエネルギーが、
ポジティブなエネルギーと衝突すると、
生命の火花が燃え上がり、
人生は美しい定義を持つようになります。
したがって、私は一人でいること、
孤独に寄り添うこと、
そして自分自身の仲間でいることが好きなのです。
私は外出したり、太陽の光や雨を吸収したり、
他人を気遣ったり、
花や良い考えや笑顔と友達になったりすることも大好きです。
私たちは皆、独立した個人ですが、
お互いの人生の景色や原動力にもなり得ます。

人は、ひとりで生まれてきます。
人生における出会いと別れの中で、
私たちは、孤独と共に生きること、
一瞬一瞬を大切にすること、
そして、手放すことを学ばなければなりません。
林清軒はかつて人生についてこう考えていました。
「人生はこうやって前へ前へと進んでいく。
他人に何かを言う必要はない。
ただ、心の奥底の暗い場所に灯火を灯し、
その灯火に二行の言葉を記すだけだ。
今日は一人で歩いているが、明日は蝶になって飛び立っていくだろう。」
孤独に対して、平和で喜びに満ちた態度で立ち向かうことができれば、
私たちは強力で深い力を持つことができます。
賑やかな街にいても静かで人里離れた村にいても、
大勢の人々に囲まれていても一人でいても、
私たちは平静を保ち、
人生の旅路の中で自分自身の素晴らしい一章を書き、
孤独で壮大な人生の歌を奏でることができます。
あなたと私が一人でいることを学び、
孤独を楽しみ、頻繁に魂を磨き、
太陽の下で踊り、星々の間でささやきますように。
喧騒の中で幸せになり、静けさの中で満足しますように。

「孤独」について書かれた ママの文章。
かなりの長文で 実は、途中へこたれそうになったのだけど…(笑)
年をとると 誰もが感じることを とても冷静かつ 前向きに書かれていて
いろいろ感じるところがありました…。
前から思ってたのだけど ママって 文才がありますよね。
中国語の詩的な表現をされていると思われる箇所が たくさんあって
漢詩がわかる方なら すごく感心すると思うww (私はそこまでの知識ゼロで残念ww)
ということで 以上 全文和訳でした<(_ _)>
台湾海哲チーム発!台北でのお誕生日プロモーション、スタート!
そして最後は 台湾の海哲の皆さんから。
今年もまた お誕生日祝いのプロモーションがスタートしたそうですよ(〃▽〃)ポッ
台北市内でスタートした「チャンジャーハンバースデーサポート」報告投稿いろいろ
Xで拝見した 台湾海哲の皆さんの投稿です。
※投稿をそのまま貼り付けさせていただいています
うまく表示されていないときは リンク先に飛んで下さいww
▶台北市内を走る ラッピングバス
台北のバス支援も今日(4/30)から始まりました😍😍
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一目惚れするほど美しい張哲涵の姿がオンラインに!
あなたには価値があるから、私たちはそれを世界に知ってもらいたいのです
動画を提供してくれた台湾の Hai Dafu 姉妹に感謝します😍😍💕
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私の美しいチャンジャーハンが台北MRTに登場
午後にそこへ行きます
チェックインしたい場合は私を見つけてください。
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台湾海哲の皆さんのサポート。今年も本当にスゴイです♡
ホントにありがとうございます(〃▽〃)ポッ
※香港でも プロモーションの実写が始まりそうなのでまた見つけたらご紹介します。
ということで 以上 台湾プロモーションの話題でした。
ではでは今日はこのへんで。ここまでご覧くださりありがとうございましたww
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