MENU

チャンジャーハンの新曲「Going Off了」、8月5日発売決定!(&シドニーファンミMC内容和訳も♪)

現在、3枚目のアルバム「拾荒者」からの、シングルリリース中のハンハン。
ついに 3枚目のシングルが、8月5日に発売されることが判明! (〃▽〃)ポッ

タイトルは「Going Off了」。今日はこの話題から ご紹介します。
※シドニー公演のMC内容もあわせて チェックください♪

目次

チャンジャーハン 3rdアルバムから「Going Off了」8月5日発売決定!

ではでは さっそく♪ 今日 事務所の公式インスタから発表された 詳細から。

チャンジャーハン事務所公式インスタ7/31投稿「新曲、8/5発売」

ブルーのサイケデリックな光と影、
広大な海は湿気に満ちています。
@zhangzhehan_super3 (=チャンジャーハン)「Going Off了」
8月5日に発売開始。


投稿元リンク先はこちら

今回のタイトル「Going Off了」。意味を調べてみると…

Going Off:物事が運ぶ、成り行く、駆け出す、出発する などなど

了(中国語)のほうは:「ある新たな状況になった」という変化の意味
参考サイト>>こちら

英語のほうも 中国語のほうも なんだか いい気流に乗っていきそうな意味。
どんな曲なのか 今から 超楽しみです(〃▽〃)ポッ

チャンジャーハンの「シドニーファンミーティング」MCトーク 詳細

7月28日に開催された シドニーでのファンミーティング。
ここでハンハンがMCタイムで語った言葉。
また深い話が出てきましたwwΣ(゚∀゚ノ)ノキャー

海哲の皆さんが SNSでシェアしてくれたものを基に、和訳でご紹介しますww

※チャンジャーハンインターナショナルfbチームと、海外海哲のsannnaさんの英語投稿より和訳。感謝。

トークパート①独立したアーティストとしての新たな自由(FBチーム投稿より)

シドニーでのファンミーティング (I)トークパート

シドニーでのファンミーティングで、
チャンジャーハンは再び自分の考えや、友人との人生の物語を語りました。
このパートでは、独立したアーティストとしての新たな自由について語っています。


813事件以前は、常に制作会社と契約を結び、その会社が決定を下していました。
813事件の後、俳優としてのキャリアが数時間で行き詰まったあと、
彼はアーティストとして働き続ける方法を見つけなければならず、
自分の会社 Ranyi Music を設立しました。

独立したアーティストとして、
彼は今、自分で決定を下せることを楽しんでいます。


彼が本当に楽しんでいるプロジェクトの 1 つは、
ファンに寝る前に物語を読んであげることです。

これは、彼の Web サイト www.zhangzhehan.net で毎週更新されます。

アーティストとしての私の現状は、以前とはまったく違います。
以前は、自分で決められないことが多く、
会社が取り決めていて、選択は受動的に行われることが多かった
です。

さらに、最近、本当に好きなことを見つけました。
それは、みんなに本を読んであげることです。

皆さんはご存知かどうか、聞いたことがあるかわかりませんが。
(観客の歓声)

それは、毎週更新される朗読です。

実際、なぜこれが好きなのか?
他の人に促されたり強制されたりしなくていいからです。

時間がある限り、会社やオフィスに行って
「準備はいい?今日は何を読む?みんなと何を共有する?」と聞いています。

私はたくさんの本を読んでいるので、
それをみんなと共有できる、
自分の声を通して知識やエネルギーを共有するのもいいな、
とも思っています。

いつも身なりを整えることはできないかもしれないし、
動画を撮る手段がないとしても、それでも大丈夫です。

ねえ、今回のタイムトラベルでは、
スタッフもここにいないでしょう?

でも、録音機材は持ってきています。

(観客が何か大声で叫ぶ)

「私が話しているときに邪魔するの?」

とにかく、録音機材をセットアップしたら、
皆さんのために何かを録音します。

例えば、美しい景色があるとき、
またはホテルや滞在先で一人でいるとき、
最近読んだ本も録音して、皆さんと共有したいと思います。

読書は人々に多くの新しいインスピレーションや洞察、
人生についての考察、
将来の道についての考えを与えることができると信じています。

昨夜、本を読んで、皆さんに2つの物語を用意しました。(聴衆:いいですね!)

さて、2つの物語を用意しました。後半でそれについて話しましょう。」
Cr. 翻訳 @SannaU4
Cr. 動画 @fairy51191

投稿元リンク先はこちら

※上のリンク先に この話をしているときの動画があります。

この話で登場した本が 昨日ハンハンがインスタで紹介した「草民」だった模様。
最近 けっこう頻繁に更新されてる ハンハンのグッドナイトストーリー。

アーティストとして 自分の意志で何をするかを決めることができるようになったハンハンが 
いま一番 はまってることが この朗読とのこと。(^ー^* )フフ♪
ハンハンのトークはいつも いろいろな発見がありますネ。

以下、難しい箇所が何か所もあり わかりにくい箇所が出ていると思うのですが…
よかったら 参考程度に参照ください (^^;)

トークパート②|最近感動した本「草民」からの話 「運命のジョギングクラブPART1」

※こちらは Xの海哲snnaさんからの英語和訳です。

トークパート 運命-ジョギング :
ファンミーティング追 2024年7月28日

昨日、ある本でとても感動した文章を見つけました。
それは『草民』という本でした。

彼は、この時代は急速に発展していると書いていました。
高速道路はどんどん速くなっていますが、
飛行機は速くなっていない…ハハハ、
飛行機はどんどん大きくなっています。

そして彼は、この時代がこんなに急速に発展しているので、
私たちの魂は乗り物酔いにならないか?と言いました。

聴衆: はい!

体もめまいがしますよね。
ハハハ、船酔いかもしれませんよ。

その後、ジャーハンは聴衆に、本の中の2つの物語
<台风来了> – 台風が来る – と、
もう1つの<命运慢跑团> – 運命のジョギンググループを選んで、
これらの物語を要約し、自身の経験も振り返りました。

「運命のジョギンググループ」は最初に選ばれた物語でした。

「私が走っていることはみんな知っていますよね?」

それで、この章を読んでいるとき、
一緒に走っている同級生のことを思い浮かべました。
彼らは本当にすごいんです!

彼らは毎月、ゴビ砂漠でマラソンするような「ゴビレース」に参加しています。
すべてのビジネススクール生がこのレースに参加しています。

彼らの月間走行距離は、
男性で249キロ、つまり毎日8キロ、
女性で200キロです。

(聴衆:半月板は大丈夫ですか?)

実は、ある程度走っていると、
定期的に長距離走をしていなきゃ と気づくんですよね?

半月板は大丈夫です。

では、この話から始めましょう。この話は、実は主人公の父親が亡くなった後の話です。

トーク③「運命のジョギングクラブ パート2」

TALKING PART DESTINY-JOGGING CLUB- <命运慢跑团> :
FAN -MEETING CHASE JULY 28 2024 SYDNEY Page 2/4

著者は父親が亡くなった後、仕事のために北京に戻りました。

彼の仕事は何だったでしょう?
当時、ホットラインの電話に特別に答えるジャーナリストがいました。
父親が亡くなった後、彼はその状態から抜け出したいようでしたが、
北京に戻ってまたジャーナリストとして働きました。

彼はずっとジャーナリストでした。
彼は同僚に、父親の死によって生じた空虚さを忙しい仕事で埋める必要があったため、
昼夜を問わずホットラインの電話にすべて答えると言いました。
彼は何年もの間、正月も家に帰らず、常に忙しくしていました。

人間にはトラウマを避けたい、
直面したくないものを避けたいという本能がある
と思います。

数年後、彼の母親は彼にその年は家に帰ってくるかと尋ねました。
彼は数年間帰っていませんでした。
それで、その年、彼は以前住んでいた小さな町に戻りました。

新年に帰省した夜、彼は窓の外の景色、
以前住んでいた村の家々を見て、眠れませんでした。

彼は一晩中起きていて、夜明けの最初の光が現れ、
星明かりがまだ見えるときに外に出ました。

彼は自分の住む小さな町に新しくできた河川堤防、その年にできた新しい防波堤の滑走路まで歩いて行き、そこでジョギングしている人がたくさんいるのを見ました。彼も彼らと一緒に走りました。

彼の隣を走っていた人々の多くは中年男性でした。おそらく女性も何人かいました。

その時、見覚えのある人物が彼を呼びました。

「ヘイ、チャン、ヘイ、チャン」彼は温かく挨拶しました。
最初は、まだハンサムで髪がふさふさしていた若い頃の姿が記憶に残っていたため、
彼が 彼だとはわかりませんでした。

しかし、後に彼は「わあ、頭が完全に禿げてるだろう」と言いました。
中年男性への突然のイメージチェンジです。

それから、彼ら(著者とチャン)は雑談を始め、
この古い友人は、彼に「彼の父親に関する多くの話」をし始めました。

彼は「あなたは知らないかもしれないけど、
あなたのお父さんは私たちのジョギンググループのメンバーだった。
私は彼のことをとても誇りに思っている」と言い、
ジョギンググループを「運命ジョギングクラブ」と名付けたと言いました。

そして、このような人たちがたくさんいて、
みんな私たちのジョギンググループのメンバーで
毎朝早く、一緒にランニングをするために集まりました。

そのとき著者は、確かに父親には知らない側面がたくさんある、と考えました。

昔、両親は彼を留学させ、大学まで彼を支えてくれて、
その後、彼は北京で就職しました。

実際、彼(著者)は父親の話の多くを、よく知らなかったのです。

ここは、まるで社交クラブのようで
彼(チャン)は若い世代と年長者をつなぐ、一族の長のようでした。
この協会の長であり、みんなの間でつながりと良い感情を育む責任を負っていました。

トーク④「運命のジョギングクラブ パート3」

トークパート 運命-ジョギングクラブ <命运慢跑团> :
ファンミーティング チェイス 2024年7月28日 シドニー ページ3/4

(当時)しばらくして、古い友人が再び彼に近づき、
ジョギング中に気分が悪くなった友人がいて、
北京で医者に診てもらったほうがいいのではないだろうか、と言ったそうです。
彼は北京の病院のほうがいいのか、何か問題があるのか​​と尋ねました。

著者はこれを聞いて、冗談めかして「自分のことじゃないの?」と言いました。

彼は愛情をこめて私をたたきながら「どうしてそうなるの? ほら私はとても体調がよくて
強いよ!今でも毎朝ジョギングに行ってる。私の健康状態はすばらしいよ」と言いました。

この古い友人、チャンには2人の子供がいて、どちらも結婚を控えていました。
その後、長男と次男の結婚式があり、結婚式に出席するためにまた帰ってきました。

彼が戻った後 母親は突然 彼(著者)に何かをいいました。

「実は、彼(チャン)から自分の病気のことを誰にも言わないでほしいと頼まれました」と母は言いました。
実際 彼が話していた友人というのは 彼自身のことでした。

彼は病気になったことを隠そうとしたのは、子供たちが結婚しようとしていたからです。
そこで彼は母に 著者が病気のことを知っていることを秘密にしておくために
誰にも明かさないように 頼んだのでした。

この瞬間、彼(著者)はとても不快で悲しくなりました。

家族の柱である父親が病気になり、医者に診てもらう必要が生じれば、
息子の結婚式に影響が出るかもしれません 彼の悲しみは理解できます。
高額な医療費のために家族は経済的に破綻し、破産やその他の困難につながる可能性があります。

著者はチャンを見たとき、
自分の父親や川岸をジョギングしている中年の男女を思い出した、と言いました。

彼(チャン)は「どうやら私たちは人生のこの段階に達したようだ」と言いました。
彼らは家族に対する大きな責任を負い、子供たちをより良い学校に通わせる年齢に達していました。

そして病気になったときも、彼らは子供の結婚式のためにそのことを口にすることもできず、
強くて回復力があるふりをします。

それから私は EMBAのために勉強しているクラスメートのことを思い出しました。
彼らも 親と子供の両方に対する責任をバランスよく考えていたことを思い出したんです。

彼らはまた 運動を通じて、自分たちの生活と体調を整え 
より健康になり、子供たちを支えて
より多くのお金を稼ぐことを目指したいと考えていました。

この瞬間、川岸にそって ジョギングしている人々を見て 彼は悲しい気持ちになりました。
彼らはみな 運命にあらがい、こどもたちにより良い生活を提供し
家族を世話して そしておそらくは 年老いた両親をサポートするために 
より健康な体とより良い状態を維持することを 望んでいるのだと考えたからです。

その瞬間 彼(著者)は父親のことを思い出しました。
出発直前に、彼は急いで駆け寄りました。
父親が亡くなったあと、胸に秘めていた感情と不満が爆発しました…。

この話を聞いて、ここ数日のことを思い出しました。

トーク⑤ 本の話から続く、自分のママの話

この話を聞いて、ここ数日のことを思い出しました。

私(ハンハン)は、ママと一緒に過ごたんですが、
十二使徒(オーストラリアの観光名所で、海岸に12個の岩がある場所)へ連れて行って探検と食事をしました。

探検の後、運転手は海辺の少し離れた場所に連れて行ってくれました。
そこはとても人里離れていて、野生の鹿がいました。

その日は、実際に少し雨が降っていて、
道はとても危険で、崖まで続く細い道しかありませんでした。

危険な場所なので、足首を少し捻挫していた母の手を握り、
連れて行きました。

私は危険すぎるから動かないようにとママに言ったんですが、
彼女はそう感じておらず、写真のポーズをとりました。

私は母に高所恐怖症ではないのかと尋ねて、
そこに立っているだけで足が弱くなると言いました。

それで、私が先に行く間、母にそこで待っているように、
そこからの景色もとてもいいから、そこで写真を撮ってもいいと言いました。

そして、私が先へ進むと、振り返ると母も動いていたんです。

それでまた「危険すぎるから動かないように」と母に言い、
「もし落ちたら私が死ぬことになる」と言いました。
母には絶対にここで事故に遭わないようにと言ったんです。

さて、崖の端まで歩いて行って
振り返って母を見ると、母が(動かないでといった)その場所に立っていました。

彼女がひとりでそこに立っているのを見たとき、
私はとても落ち着かず、とてもとてもとてもとても悲しくなりました。

いま自分が立っている場所からの景色の方が、(あそこより)はるかに良いじゃないかと
自分自身に言い聞かせました。

また、もしママがこの一歩を踏み出さなかったら、
この場所を探検しに来なかったら、
人生でいくつかの景色を見逃していたかもしれないとも思いました。

そして、私は急いで戻ってママに言いました。

「わかった、私はそこに行ってきたから、
それほど危険ではないし、大丈夫だと思う」

それで私はママを支え、崖の端まで歩きました。

ママは写真を撮ってとても幸せそうで、
まったく怖がっていませんでした。

とても怖かったのは私でした。

そして、この本を読んで、このときの体験を思い出しました。

実は、ママも飛行機に乗ってもっと頻繁にここに来たいし、
機会があればもっとここで過ごしたいと願っています。

実は私も、年を取るほど、背負うものが増えると言われる理由が
少しずつ分かってきたような気がします。

運命のマラソングループの一員として、自分自身も少しずつそう感じています。

本当に健康になりたいと願っています。

だって、どんな仕事をするにしても、
歌うにしても舞台に立つにしても、体力と健康は基本だから。

風邪をひいたり、病気になって体力がなかったら、
みんなに最高の自分を見せることができません。

だから、健康に気を配ることは大切だし、
私のように体力があるときは、
ママを連れて散歩に出かけたり、いろいろなものを見たりするのもいいと思います。

最初は面倒に思えるかもしれませんが、
スタッフもいないし、(観客笑)
アシスタントは私だけなので、最初はいくつかの課題があるはずです。

でも、よく考えてみると、
ママと一緒の美しい思い出があり、一緒に同じ場所を訪れ、景色の良い場所を探検しました。

おそらく彼女の人生、私の人生、
そして将来、私が子供たちに語る物語の中で、これらの瞬間が色を添えるでしょう。
そこに「意味がある」と思います。

彼は最後に「少しくらいのトラブルは大丈夫です
(…トラブルに巻き込まれる男はいつもトラブルになるから)」と言いました。

観客は笑い、拍手しました。

※snnnaさんのX投稿より和訳 原文投稿元リンク先はこちら 

「運命のジョギングクラブ」。
最初は、ほんとに 単なるジョギンググループのことだと思ってたんですが…
よくよく考えると、「両親や子供たちのために 健康で走り続けたい人達のこと」
っていう意味ですよね😢

だからハンハンも EMBAの同級生も 
みんな「運命のジョギングクラブ」のメンバー。
今回の、このトーク。すごく深い内容で この話をファンミでトークしたハンハンに驚きました。

(楽しいトークだけじゃなく ほんとに自分が感じたことをありのままに 伝えようとするのって。
意外と難しいと思うのだけど それを伝えたいという強い意志を感じました…)

もう1つのエピソードがある模様なのだけど… また 見つけたらご紹介します(^-^;

チャンジャーハン関係のこのほかの話題 ちょこっとまとめ

この他にも エピソード系の話が1本あり。続けてご紹介しますww

海哲さん発「シドニー公演で会った車いすを押すおじいさんの話」

今日 ウエイボーで拝見した話です。

24-7-31 13:28
北京で出版
iPhoneクライアントから
PrimordialTheater スーパートーク

ジャーハンのファンはとても幅広いと言われています。
シドニーの会場で、車椅子に乗ったおばあさんを押しているおじいさんを見かけたので、
見覚えがあると思って挨拶に行きました
「去年の5月のタイの初公演にも行かれたんですか?」と尋ねました。

「その時会ったのを覚えています。」

老紳士は穏やかに答えました「私たちはすべてのショーに行きました」。

このおふたりには どんな物語があるのか… とても 印象に残るお話でした。
ハンハンの海外公演を すべてみているというおふたり… 
次のソウルでも お姿を拝見できるに違いありません😢

張ママが今日(7/31)ブログ更新!「自分の人生の歌手になろう」

で 今日。実は ハンハンのママから ブログ更新あり。

ママはもう 帰国したのかな??? オーストラリアで書いたのかな?と 
色々不思議に思いつつ… 今日は こちらの和訳まで 手が回らず。(^^;)

今日ママのブログ更新があったという記録だけご紹介しました。内容はまた明日改めてww

読者様から頂いた「あれから3年。チャンジャーハンへの想い」②

来月13日で、あの「813事件」から丸3年を迎える 今年。
昨日の投稿で、お知らせさせていただいた、読者様からの想いを紹介する企画。
「あれから3年。チャンジャーハンへの想い」。

※??な皆様は こちらを参照下さい
>>「あれから3年…チャンジャーハンへの想い」を語る企画のお知らせ

ペンネーム「猫婆tom」さんから頂いた「ハンハンへの思い」をご紹介します。

「あれから3年、チャンジャーハンへの想い」by猫婆tomさん

はじめまして、毎晩「華知己」を楽しみに読んでいます。
私はたぶんママと同じ年齢で、スマホしか持っていないお婆さんです。
海哲を名乗れるほど熱心なファンでもありません。

小哲との出会いは2022年12月。
年末特番に辟易しながらTVをザッピングしていて、
画面に映った美しい人に眼が釘付けに❗

「誰?!何?!」CM中に番組名をチェックし
「山河令」と知りました

韓流も華流も関心がなかった私は放送が毎日あることを知り、
途中からなので内容も解らないまま見続け、
美しい人の名を知りました。

チャン・ジャーハン。
一目惚れとはこう言うことなのですね。

813について知ったのは半年ほど後で、
最初はショックで、レスリー・チャンを思い出しパニックになり、
とにかく生きていてくれることを願い続けるだけでした。
(私は当時レスリーファンクラブの会報にカットを描いていました)

昨年10月に「華流知己録」を見つけ、
初期のものからざっとですが読み進めて来ました。

今の小哲の努力はファンの心を揺さぶらずには置かないでしょう。
彼の活動が多くの人の眼に触れ、出来るならば俳優復帰に繋がることを望みます。

私がレスリーと果たせなかった、一緒に歳を重ねてゆく喜びを、
今の若い海哲達が味わえる人達でありますように。
小哲の心の傷は完全には癒える事はないでしょうし、
これからも障害は有るでしょう。

それでも、生きて道を切り開いてゆく人であることを信じています。
長文で失礼しました。

       猫婆tom

山河令で一目ぼれしたハンハンに こんな事件があったことを知ったときの衝撃は…
本当に言葉で言い表せませんよね…😢。

ファン全員の傷でもあるこの事件ですが、一番傷ついてる彼が自身の努力で
前に進もうとしていることに 心を揺さぶられずにはいられません。

俳優としても復帰できる日が来ることを わたしも強く願っています。   

本企画にご参加くださり 本当にありがとうございました。

ではでは今日は このへんで。ここまでご覧くださりありがとうございましたww

ブログランキングに参加しています!

いつも応援ありがとうございます! 
下のバナーを押してくださるとランキングに反映されます。ぽちりと1回よろしくお願いいたします♪

にほんブログ村 テレビブログ 華流・アジアドラマ(韓国以外)へ
にほんブログ村

目次