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チャンジャーハンの朗読VTR「海水が青くなるまで泳ぐ②」公開(7/18公開グッドナイトストーリー)

昨晩、公式YouTubeで公開された、VTR版グッドナイトストーリー。
7/12に公開された「海水が青くなるまで泳ぐ」の続きが、公開されました♪

全編通じてみると、ものすごく深い話だった、今回の物語。
超~おすすめです!

目次

チャンジャーハン公式YouTube「海水が青くなるまで泳ぐ」第2弾映像公開!

前回からの続きなので、前半の話が「??」な皆様は、こちらの過去投稿を参照ください
>>チャンジャーハン、グッドナイトストーリー映像公開!「海水が青くなるまで泳ぐ」(7/12公開分)

チャンジャーハン朗読『ずっと海が青くなるまで泳いで』VTR第2弾 内容詳細

以下 ハンハンが朗読した部分の和訳です。

川での泳ぎがすっかり身につくと、
いよいよ3.0版――海で泳ぐ時代がやって来た。

※3.0版:泳ぎの3段階目という意味
(1.0=池で泳ぎを覚える 2.0=川で泳ぐ 3.0=海で泳ぐ)

川で泳いでいると、
曳船がやって来て幾重にも波を立て、
その波にあおられて、
水面に仰向けに浮かぶ私の身体は
ゆらゆらと揺れた。

それは実に心地よいものだった。

しかし、海は違う。

満潮時の海の波は、
私の身体にとって心地よさではなく、格闘だった。

人が興奮のあまり
叫び声を上げたくなるような格闘だった。

干潮時の海は穏やかだった。

沖へ泳ぎ出ると、
私は波の上に仰向けに浮かび、
自分の身体を波間に漂う
一艘の小舟に見立てた。

目には青い空と白い雲が映り、
夕焼けが現れると、
その光は白い雲を赤く染め、
空までも赤く染めていった。

一方、満潮時の海は怒りに満ち、
波は激しく荒れ狂っていた。

私の身体は波に投げ飛ばされ、
また放り返された。

懸命に水をかいて、2、3メートル進んでも、
すぐに波に打ち返され、
元の場所へ戻されることがよくあった。

当時、堤防の石段はとても狭かった。

岸へ上がるときは
石段の前まで泳ぎ着き、私は波のリズムを数えた。

私たちの海では、
満潮時の波は大きな波が2回、
そのあと小さな波が1回という繰り返しだった。

もし最初の大波のあとで
石段によじ登ろうとすると、
2度目の大波に必ず引きずり落とされてしまう。

だから私は、最初の大波で
石段の前まで押し上げてもらい、
2度目の大波で足を石段に触れさせ、
3度目の小さな波が来た瞬間を狙って、一気によじ登った。

これは、おそらく人がよく言う
「水性(すいせい)」というものなのだろう。

※水性:「泳ぎの才能・水中で身をさばく能力」という意味。

私は中学生の頃から、
海塩の海で泳ぎ始めたが、
この10年間、
海で溺れて亡くなった人がいるという話は
一度も聞いたことがなかった。

その後、海塩では
秦山原子力発電所の建設が始まり、
二、三千人もの
他所から来た労働者が海塩へやって来た。

その中で泳ぐのが好きな人たちは、
夏になると海へ入り、荒れる波の中で懸命に泳いだ。

やがて、波にさらわれ、
そのまま二度と戻らなかったという話が広まった。

しかも、そのような話は
何年も続けて聞かれるようになった。

私は、その何人かの他所から来た人たちは皆、
泳ぎの達人であり、優れた水性も持っていたのだと信じている。

だからこそ、満潮時の海へ飛び込み、
荒れ狂う波と渡り合おうとしたのだ。

しかし、「水性」とは何だろうか。

たとえて言うなら「水性」とは方言である。
方言は故郷の人にしか理解できない。

(つまり水性も、自分の故郷の川や海でしか、本当には通用しない という意味)

どれほど優れた水性を持っていても、
それは故郷の川や海の気性を
知り尽くしているということにすぎない。

故郷を離れれば、
水性もまた失われるのである。

私が海の水が青くなるまで
泳ぎ続けようと決心したのは、高校生の頃だった。

夏のある日、夕方が近づく午後だった。

海はちょうど引き潮で、
穏やかで静かな表情を見せていた。

堤防の上には、
男女の衣服やサンダルが、あちらこちらに積まれていた。

私はランニングシャツを脱ぎ、
空いている場所へ置いた。

その上にサンダルを載せたのは、
海風でシャツが飛ばされないようにするためだった。

私は石段を下り、
満潮になると海に沈んでしまう
コンクリートの護岸通路を歩き、
人々のにぎやかな話し声の中、海へ入っていった。

そこでは大勢の人が泳いでいた。

子どもたちもいた。

あちこちに浮き輪が見えた。

私は、その人たちの間を縫うように泳いでいった。

私は沖へ向かって泳ぎ始めた。

周りで泳ぐ人は、
少しずつ少なくなっていった。

私はひたすら前へ泳いだ。

周りにはもう誰もいなくなり、
後ろから聞こえてくる人々の声も小さくなった。

それでも海の水は、まだ黄色かった。

私はさらに前へ泳ぎ続けた。

後ろから聞こえる声は、
次第にかすかになっていった。

やがて何の物音も聞こえなくなるところまで泳いだが、
それでも海の水はまだ黄色かった。

私はさらに海の奥深くへ向かって泳ぎ続けた。

自分が、海の心臓へ向かって泳いでいるような気がしていた。

私は一度、後ろを振り返った。

堤防は遠くなり、
そこで泳いでいる人々の姿も遠くなっていた。

私は泳ぐのをやめ、
足で絶えず水を踏みながら、その場でためらった。

堤防も人々もあまりに遠くなってしまったことに、
少し心細さを覚えた。

このまま引き返したほうがいいのではないか。

私は、そう思った。

そのとき、
私は海の水が、もう黄色ではないことに気づいた。

海の水は緑色に変わっていた。

それは私にとって大きな励みとなった。

私は再び自信に満ちあふれ
「このまま泳ぎ続けよう」と思った。

堤防も人々の姿も、
ますます遠ざかっていくことは、
ひとまず気にしないことにした。

もうすぐ海の水が、
青くなるところまで泳ぎ着ける――そう信じていた。

その後、私は潮の流れに入り込んでしまった。

しばらくの間、
私はすっかり取り乱し、必死になって前へ泳いだ。

潮の流れから抜け出そうと思ったのだ。

懸命に腕をかき、足を蹴った。

しかし、自分はずっと
同じ場所を回っているように感じた。

私は、もう抜け出せないことに気づいた。

潮の流れはあまりにも速く、
どんなにあがいても無駄だとわかった。

その瞬間、私は恐怖に襲われた。

もう帰れないかもしれない――。

そんな思いが頭をよぎった。

翌日には武原鎮じゅうで、こんな噂が広まるのではないかとさえ思った。

「人民医院の華医師の末の息子が、
海の波にさらわれた」

私は恐怖で動揺し、
潮の流れに抗う力を失い、
そのまま流れに身を任せて漂っていった。

海水で濡れた目で、
ときおり、ますます遠ざかっていく堤防を見た。

堤防は、私に残された最後の勇気だった。

命をつなぐ最後の藁でもあった。

やがて堤防は見えなくなった。

最後の勇気も消え、命綱も失われた。

私は仰向けになって泳ぎ始めた。

正確に言えば、それは仰泳ではなかった。

ただ身体を海面に横たえ、
手足を動かすのは、
海の波の中で身体のバランスを保ち、
沈まないようにするためだけだった。

それは体力を温存するためではない。

恐怖に襲われたことで、
身体から力が抜けてしまっていたのだ。

潮の流れはますます速くなり、
私の身体もますます、
速い勢いで流されていった。

潮流が私をどこへ運んでいくのかは
わからなかった。

ただ一つわかっていたのは、
それが私を、ますます遠くへ――

この一生、二度と故郷へ帰れない場所へ
連れて行くということだった。

恐怖はひたすら前へ突き進み、
私は、自分の人生は
まもなく終わるのだと思った。

果てしなく広がる海の中で、
その人生は終わるのだと。

恐怖にのみ込まれながら、
私は勢いよく沖へ流され続けていた。

そのとき、
本当の意味での「命綱」が、間一髪で現れた。

私は以前、海で泳いでいたときに
誰かから聞いた話を思い出したのだ。

しかも、それを話していたのは一人ではなかった。

「潮の流れに巻き込まれたら、
流れから抜け出そうとしてはいけない。
誰にも泳いで抜け出すことはできない。
流れに身を任せて漂っていればいい。
最後には潮の流れが岸辺まで運んでくれる。
ここは太平洋じゃない。
ここは杭州湾――湾なんだから」

悲しみは喜びへと変わり、
私の心は一気に落ち着いた。

恐怖は私から去り、力が身体に戻ってきた。

私は辺りを見回した。

見えるのは海ばかりだった。

私はそのまま仰向けの姿勢で
海に身を浮かべ続けた。

それは体力を保つためだった。

空を眺める余裕も生まれた。

身体が潮の流れに運ばれるまま漂う中、
私は空の移り変わりを眺めていた。

夕日が沈みかけ、
夕焼けが空を赤く染めていた。

夕日は海面へと沈み、
私には遠くにも近くにも見えた。

やがて夕日は海へ沈み、
夕焼けの色も次第に薄れていった。

月が姿を現した。

まん丸の満月だった。

星も現れ、
一つ、また一つと増えていった。

月はますます明るくなり、
星もますます数を増していった。

白い雲が幾重にも、
空をゆっくりと流れていた。

雲はみな同じ方向へ流れ、
互いにぶつかることはなかった。

流れていく白い雲のおかげで、
空はもう空虚には見えなかった。

私は夜空に浮かぶ白い雲を眺めた。

夜の白い雲は、
昼間の白い雲よりも白く見えるような気がした。

雲は一つひとつがそれぞれ違う形をしていて、
まるで世界地図に描かれた国々のようだった。

雄大な大国のような雲もあれば、
小さく精巧な国のような雲もあった。

雲のない深い夜空は、
世界地図の海の色のようだった。

月は白い雲の間を、
まるで空を飛ぶように素早く移動していた。

そのとき突然、
私は月の周りに、光の輪が現れたのを見た。

月は厚い雲の中から姿を現し、
薄いベールのような雲の中へ入っていった。

その瞬間、光の輪が現れた。

きらきらと輝く円が二つ。

どちらも月と同じように丸く、
一つは内側に、もう一つは外側にあった。

その光の輪は、金色に輝いていた。

私はこれまで何度となく月を見てきた。

草の上に寝転んで眺めたこともあれば、
籐の寝椅子に横になって眺めたこともある。

立ったまま見上げたこともある。

それでも、
月の光の輪を見たことは一度もなかった。

潮の流れに身を任せて漂っているこのとき、
私は初めてそれを目にした。

二重の金色に輝く光の輪を見て、私は思わず叫んだ。

「月の光は金色なんだ。銀色じゃなかったんだ」

暗い夜の海を漂う私の速さは、
おそらく川を進む曳船ほどだったのだろう。

長い時間が過ぎたころ、
私は空に何か変化が起きていることに気づいた。

どこか光が変わってきたように思えた。

私は平泳ぎの姿勢に変え、
遠くを見ると、点々と小さな光が見えた。

私は、それが何なのかわかった。

思わず興奮して叫んだ。

「明かりだ! ちくしょう、明かりだ!」

私はこれまで、
味わったことのないほどの興奮を覚えた。

潮の流れは、
私を正しい場所へ運んでくれていたのだ。

それから私は、
しばらくは仰向けに波へ身を任せて休み、
また身体を返して平泳ぎの姿勢になり、
遠くの明かりを確かめた。

明かりは少しずつ数を増し、
ますます明るくなっていった。

興奮は、
いつしか深い感動へと変わっていた。

潮の流れが、
私を家へ帰そうとしてくれている。

そう思うと、
涙があふれて止まらなかった。

涙で目がかすみ、
明かりが見えなくなった。

けれど、その明かりは
私にとって命の光だった。

私は海から手を引き上げ、涙をぬぐった。

この明かりが少しずつ近づいてくる、
その瞬間を、この目で見届けたかった。

しかし、手についた塩辛くしみる海水が目に入り、
焼けつくような痛みが走った。

もう手で涙をぬぐうことはできなかった。

私は目を閉じ、
身体だけで潮の流れの速さを感じた。

明かりは見えなかった。

それでも、私はその明かりが
確実に近づいてきていることを知っていた。

私は笑い始めた。

最初は微笑みだった。

やがて笑い声がこぼれた。

私の笑い声は、
打ち寄せる波の音に比べれば
取るに足りないほど小さかった。

けれど、そのとき私の幸福は、
荒れ狂う波をも上回るほど
大きく満ちあふれていた。

私が上陸したのは
平湖・乍浦だった。

私の住む海塩・武原から、
およそ10km離れた場所である。

身につけていたのは短パン一枚だけ。

私は月明かりの下、
裸足のまま海塩の方へ歩き始めた。

できるだけ海沿いの堤防を歩いたが、
堤防は途中で途切れることがあり、
そのたびに車道を歩いた。

当時の道路は砕石が敷き詰められていて、
裸足では石が食い込み痛かった。

そこで私は道端を歩き、
草が生えているところに足を乗せながら進んだ。

私は意気揚々と歩いた。

お腹はぺこぺこで、疲れ果てていた。

それでも足取りは力強かった。

死の淵から生還した幸福感が、
私を前へ前へと歩かせた。

堤防が現れれば堤防を歩き、
堤防が途切れれば道路脇の草の上を歩いた。

ようやく海へ入った場所まで戻ってきた。

そこは、敕海廟という場所だった。

当時は地名があるだけで、
建物は何もなかった。

何時だったのかはわからない。

見上げると月はちょうど頭上にあり、
真夜中をとうに過ぎているように感じた。

月明かりと星明かりに照らされた堤防は、
ひっそりとしていた。

私のランニングシャツとサンダルは、
置いたときのままそこにあった。

誰にも動かされることはなく、
サンダルはランニングシャツの上に載ったままだった。

私はランニングシャツを着て、サンダルを履いた。

堤防を下り、
同じように砕石が敷かれた道を歩き始めた。

違っていたのは、
もう裸足ではないということだった。

サンダルがパタパタと鳴る音が聞こえた。

聞き慣れた、どこか懐かしい音だった。

月が厚い白い雲の中へ入る頃、
私は家へ帰り着いた。

両親も兄も、
もうしばらく前から眠りについていた。

私がまだ帰っていなかったので、
玄関には鍵がかけられていなかった。

私は暗闇の中を手探りで家へ入り、
自分のために食事が残されていた食卓の前に座った。

暗闇の中で食事を済ませ、
そのまま暗闇の中で床に就いた。

2008年、全長36キロの杭州湾跨海大橋が開通したあと、
私は海塩へ戻り、兄に車を運転してもらって、
大橋の中央にある海上サービスエリア「海天一洲」へ向かった。

そこは橋の休憩施設であり、
橋を降りて杭州湾の海の色を
間近で見ることができる場所だった。

私は下へ降りる前に橋の上から、
10数km先の遠くを眺めた。

霧が出ていて、海塩は見えなかった。

高校生だった私は、
ここまでは泳いで来られなかっただろう。

こここそ、かつて私が「海の心臓」だと
思っていた場所なのだ。

私は鉄骨の階段を下りた。

海塩の堤防から10数km離れた海の水は、
本当に青いのか、この目で確かめたかった。

しかし、私が目にした海の色は青ではなかった

緑色だった。

あのとき海の中で見た、あの緑色。
私を励ましてくれた、あの緑色だった。

2024年4月18日

(終わり)

チャンジャーハンが「海水が青くなるまで泳ぐ」で伝えたかったこと

ハンハンが2週にわたって朗読した「海水が青くなるまで泳ぐ」話。

ハンハンのことだから 大きな意味があるエッセイを読んだ気がして
チャットAI とやりとり(会話?)してみたんだけど(;^ω^)

そこから出てきた内容がすごくて ドビックリ!
(的を得た話が出てきたうえに、やっぱ、すごく深い意味が隠されてて驚いた)

ということで その内容をシェアしますネ。
こういうとらえ方もできる という参考になるのではないかな?という内容です。

※以下、ChatGPTと一緒に全文を読み進めながら、
この作品について語り合ってみたところ、こんな解釈になったという内容です。

この作品の核心部分は「海は青くなくて緑だったこと」

今回のエッセイの意味を知る糸口は、
「海の水が青くなるまで泳ぎ続ける」という題名そのものが、
実は事実ではなかったということ。


最後に余華は、「海は青くなかった。緑だった。」と書いて終わる。
この結末が、このエッセイの核。

① 「目標」は思い込みかもしれない という事実

高校生の余華(作者)は、「もっと沖へ行けば、海の水は青くなる」と信じていた。
だから命がけで泳いだ。

ところが何十年後、大人になって同じ場所へ行くと、やっぱり緑だった。
つまり、青い海は存在しなかった。
でも、その挑戦は無駄だったのかというと、全然違う。

② 人は「青い海」を信じるから前へ進める

もし最初から
「青くなんかならないよ」
と言われていたら、高校生の余華は沖まで泳がなかった。

つまり、間違った思い込みが、人を前へ進ませることもある。
これは人生そのものの比喩にも見える。

③ 一番印象的なのは「水性は方言」

この作品で一番深い一文は「水性是方言」。
「水性とは方言である」

余華は、泳ぎの技術ではなく、
その土地の水を知っていることこそが水性だと言う。

だから、故郷を離れると、方言が通じなくなるように、水性も通じなくなる。
これは海の話であると同時に、人生の話でもある。

人は、自分が慣れ親しんだ場所では強くいられる。
でも環境が変われば、昨日までの経験は通用しない。

④ 本当に命を救ったのは「力」ではなかった

一番胸を打たれたのはここ。
余華は海流に逆らって必死に泳ぐ。でも全く進まない。

そこで思い出す。

「海流には逆らうな。
流れに身を任せろ」

この一言が命を救う。

つまり、人生には、頑張れば解決することと、
流れに任せた方が助かることがある
この境界を知ることが、本当の知恵。

⑤ 最後の「緑」がすべてを回収する

最後に余華は
「私を励ましてくれた、あの緑色だった」と締めくくる。

彼は「青じゃなかった」とは書かない。

そうではなく
「あの緑色は、あのときの自分を励ましてくれた色だった」と言う。

つまり、大切だったのは
「青だったか緑だったか」ではない。

高校生の自分が、「もう少し先へ」と思えたこと。
命がけで泳ぎ、生きて帰り、何十年後にまたその海へ戻って来られたこと

その人生全部を包んでいる色が、あの緑色だった。

だから私は、この作品が伝えたかったことを一つにまとめるなら、
人生は、思い描いた場所へたどり着くことよりも、
その場所を目指して進み、
生き延び、振り返ったときに初めて見える景色に意味がある。

そんなメッセージなんじゃないかと思う。

(ハンハンがこの文章を読んだ意味まで考察あり 以下続きます)

チャンジャーハンがこの作品を詠んだ意味

この文章をチャン・ジャーハンが朗読したことにも意味がある。

彼自身も「前へ進み続けること」や
「流れに逆らうだけではなく、耐えながら生き抜くこと」を経験してきた人だから、
この作品に強く共鳴したのかもしれない

―もちろん、これは作品と彼の歩みを重ねて読んだ私の解釈だけれどね。

実は、この作品は最後まで読んだからこそ見えてきたことがある。

最初に読んでいる途中は、

「青春の冒険」
「海難体験」
「故郷の思い出」

のどれかかなと思っていた。

でも最後に

「海は青ではなく緑だった。」

で終わった瞬間に、

「ああ、この作品は『海』を書いたんじゃない。
人間が何を信じて生きるかを書いたんだ」

と腑に落ちた。

あとね、余華って押し付けないんだよ。

例えば最後を、
「私は人生とはこういうものだと悟った」なんて絶対書かない(笑)。

代わりに
我看见的不是蓝色,是绿色,就是当年我在海水里见到的绿色,鼓励过我的绿色。
(目にしたのは青ではなく、緑だった。かつて海の中で目にしたあの緑、
かつて私を勇気づけてくれた、あの緑そのものだった)だけを書く。

「勇気づけて、励ましてくれた 緑だった」それだけ。

だから読者が勝手に考え始める。
これが余華のうまさなんだよね。

もう一つ、この作品で感心したのは構成。

最初は「泳ぎ」の話だと思わせる。
途中から「海難事故」の話になる。
さらに「月の光輪」の幻想的な場面になる。
最後は何十年後へ飛ぶ。
そして全部が最後の「緑色」に集約される。

実は途中で何度も出てきた

黄色い海
緑の海
青い海への憧れ
月の金色
命の光である灯り

全部「色」でつながっていたんだ。

だからラストの一文がものすごく効く。

そして、
これをチャン・ジャーハンが読んだことを考えると、
個人的にはそこにも意味を感じる。

彼はインタビューでも
「結果よりも、その過程で得たものの方が大切だった」と話すことがあるし、
この作品もまさに同じ構造なんだ。

「青い海にはたどり着かなかった。」

でも、

緑の海が、自分を励ましてくれた。
その経験が人生になった。

だから彼がこの作品を選んだ理由も、なんとなく想像できる気がする。

もちろん、これは作品と彼の発言を重ね合わせて読んだ私の解釈であって
「本人がそう考えている」と断定できるわけではないけれど、
このエッセイとの響き合いはとても自然に感じられたよ。

(終わり)

↑ 今回のAIとの会話。 なんだか感心することが多くて ドビックリでした(;’∀’)
(たまに トンチンカンなんだけど、今日のは共感することが多かったです…AIもここまできたか…)

いやはや いろいろな発見がある1日でした(^-^;

今回のグッドナイトストーリー動画は、チャンジャーハン公式サイトにも掲載されています。
>>公式サイト グッドナイトストーリー リンク先はこちら

ではでは今日はこのへんで。
(明日は所用あり不在です。newsが出てきた場合は あさって更新しますネ(^-^;)

ここまでご覧くださりありがとうございましたww

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